おとなのたまり場 > いつでも Bon vivant > 毎日が山歩き > 講座60
毎日が山歩き 案内人 伊藤幸司(糸の会・登山コーチングシステム)  50歳を過ぎてからでも楽に山歩き、愉しく山登り、のんびり山遊びが楽しめる毎日を紹介します。

講座 2008.7.24更新  

  1頁 頁2

【講座60】リーダー私論


何のためのリーダーか

■大山三峰山――1999.9.22
濡れた木の橋は登山道ではもっとも危険な存在だ。参加者を「危険」と「恐怖」の2つのモノサシで見ると、技術レベルがよくわかる

気のあった仲間と山に行くのは楽しい。その楽しさをまちがいなく現実のものとするのに、世話役的リーダーや教官的リーダー、あるいはボディガード的リーダーなどが必要になってくる。地方の登山グループでは配車系リーダーというのも必要なのかもしれない。

学生時代の記憶でいえば、山岳部、ワンゲルなどでは、リーダー、サブリーダー、装備係、食料係、渉外係など、責任と役割を分担していた。

一度冬のカナダで、小さな町の小さなグループのスノー・ピクニックに飛び入り参加したが、そこではリーダーとメンバーしかいなかった。参加者各人は食料まで自分の分を自分で持ってきたので、リーダーは全体のプランニングとその指揮だけをまかされていた。自立したメンバーの集合という想定だった。

私はいま、参加者のみなさんからお金をいただいて講習会という名目の登山をしている。サブリーダーもアシスタントも置かないという完全なワンマンリーダー制でこの十数年に1,000回以上の登山を実施してきた。

責任はどういう角度から見ても100パーセント私にある。権限も100パーセントあるけれど、責任を問われる事故が私の視野のなかで起こるとは限らない。事故は危険を予感させない想定外の場所と条件で起こることが多いからだ。100パーセントの責任とは、そういう想定外の出来事まで含めて適応されることになる。

私の場合、メンバーは自立した参加者とはいえない。私が教育的リーダーを務めているわけだから、参加者に未熟さや欠点があるのは前提条件となっている。

原則的にいえばそうなるのだが、じつはメンバーのほとんどは自立している。私とすでに100回以上とか200回以上行動しているみなさんは、逆に私のいい部分も悪い部分も全部お見通しだ。かたちは「生徒」でも「保護者」であったりする。

私はだから、まだつきあいの浅い何人かの参加者とのあいだで、リーダーとメンバーという関係を築いていけばいいことになる。

参加者が多くて登山道に長い列ができているときにも、私はまだ関係の薄い数人の参加者とのあいだで関係を構築していればいい……ということが多い。それは登山ガイドと登山者のダイレクトな契約関係に近いものかもしれない。

逆におつきあいの永いみなさんには、自立した参加者となっていただいているわけで、私はそれを(先ほどちょっと紹介した)カナダでのピクニック体験と重ねている。一人歩きできるひとたちが(何らかの理由でお金を払って)私の企画に参加してくださるとなると、私はその登山を仕切るだけでなく、つきあいの永い人ともどこかの側面でコーチングという関係を持ち続けたい。外科手術みたいな派手なコーチングもあれば、健康診断みたいなコーチングもあるという考え方だ。

これは登山におけるリーダーの考え方としてはきわめて例外的なものだということはわかっている。なによりもまず、私は「軽登山」を掲げていて、一般登山道(一般ルート)からは基本的に逸脱しない。だから登山技術として高みを目指すという要素はきわめて希薄で、超マンネリ化を恐れていない。

私自身の関心としては、ゲレンデとしての登山道で、参加者みなさんにできるだけ生身の体験をしてもらうという方向に特化している。「内なる探検」などと説明するが、多くのひとの驚くほどの超ワンパターンの行動や思考を解きほぐすのが、じつは登山道上での私の重要な仕事となっている。

私が歩き方そのものや、ダブルストックの使い方に細かくこだわるのは、登山技術というよりも個人個人の頭とからだの硬直した関係をなんとかほぐしたいと考えることに発している。私の登山技術に関する指導がときどき「非常識」といわれるのはそういう動機による。

私は、自分がリーダー的資質を十分に備えているとは考えていないが、登山の技術者としては独自の領域を開拓していると考えている。しかも中高年登山に関わった1983年以来、25年間も少しずつ進化し続けていると自負している。行動領域は登山道に限定するが、あらゆる環境の中でいかに歩くか……をテーマにし続けてきた。

開発途上の技術者だから間違いもある。みなさんそれも十分承知のうえで、おつきあいくださっている。だから……登山におけるリーダーがギリギリの対応を迫られるような場面(あるいはその入り口付近)に遭遇したときには、それも体験のひとつとして余裕を持って見守ろうという保護者的メンバーの目を強く感じる。私はメンバーのみなさんに日々リーダー養成されているというのが本当のところかもしれない。


  次のページを読む
  【第67回】甲斐・駒ヶ岳 「写真で見る山の歩きの魅力」
毎日が山歩きトップへ
TOP