「健脚」の意味
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| ■尾瀬・至仏山の山頂手前――2007.10.10 至仏山(2,228m)への最後の登り。背後には尾瀬ヶ原が広がり、燧ヶ岳(2,356m)がそびえている。急斜面の登山道では女性にはつらい段差を要求されたりする |
登山ガイドや登山地図に書かれている「コースタイム」が作文であるということはすでに書いている(講座24・コースタイムの考え方)。「標準的な」と説明されているけれど、何がどう標準的かということは説明を読んでみてもわからないはずだ。
昭和のコースタイムと平成のコースタイムとを比べていただくとわかるけれど、(おおまかにいえば)昭和に対して平成は所要時間が1.5倍になっている……とみていい。どちらも標準的なのだが。
登山道にある道標に所要時間が書かれている場合、それが昭和モノか平成モノかを判定するのはけっこう難しい。
つまり、コースタイムは標準化された結果なのだが、その手順が科学的でないので、根拠がバラバラなのだ。決めた人たちが「こんなもんだろう」とした標準化が多いはずだ。
私が提案しているのは、地形図上で、一定の手順によって所要時間を出してしまう。それを標準として、利用する人それぞれが自分に合った係数をかけていくというもの。
地形図上で水平距離と高度差を計り、水平距離500mを7分半、高度差50mも7分半という標準タイムに変換する(平地を時速4kmで歩くスピード=エネルギー出力を基準にしている)。登山道が傾斜約20度で作られている場合に1時間に約300m登るペースとなる。
さて、そういう標準化をしておくと、健脚度というようなものが明らかになってしまう。係数の掛け方で速い、遅いがわかるからだが、ただ単に速い、遅いというのであれば、昭和のコースタイムで歩けたから健脚……という程度のアバウトなものでしかない。
登山道は、ポピュラーな登山道であればあるほど人為的なものになっている。急傾斜をできるだけゆるやかに登らせようとジグザグに切っている。
全体的なスピードを速めたいと考える人は、自分の得意分野でスピードを上げ、苦手な分野でなんとかマイナスを小さくして、トータルで速くしたいと考えるに違いない。
心拍数で運動強度を管理してみるとすぐにわかるが、傾斜が急になると運動強度の上がり方が激しくなる。
多くの偽健脚登山者はスピードを水平方向で見ようとする。つまり風を切って歩くようなスピードを手がかりにしてると見ていい。だから傾斜の緩やかなとことで「速さ」を実現しようとする。
ところが本格的な冬山登山をした人なら、急登の場面で脚力の違いを見せつけられた体験をかならずもっている。山でほんとうに強いのは「ゆっくりだけれど、速い」登山者なのだ。
私が提唱する「1時間モデル」(講座4・机上登山のすすめ)では、1時間に水平方向に1km進むときに、高度差で300m登っている。平地では時速4kmで進むところが、登山道では時速1kmになるので、エネルギーの4分の3はからだを真上に持ち上げるために使われているのだ。だから急斜面では1歩ごとの段差の大きさが健脚度ということになる。
傾斜が急になると調子を落とす健脚だったら、自分自身の能力評価を変えたほうがいい。健脚に見せるために演出するよりも、まず、自分のからだに気持ちいいエネルギー出力(巡航速度)を見つけて、それを「標準」として速めたり、遅くしたりして幅を演出する。車の運転でいえばスピードメーターからタコメーター(回転計)への切り替えだ。
相対的なスピードに目を奪われていると、たぶん出力の上限でアップアップしながら追われるように歩くことになる。そうではなくて、息切れしない出力で、正直に歩いてみることだ。歩き方に迫力がなくなるけれど、それをベースにして健脚をめざすために、私は「10kg背負って10時間行動」という目標を設定している。それを日本アルプスの縦走登山を可能にする基本脚力と考えているのだが、60歳代の多くの人がクリアしている。
無駄な重さを背負うことを非難する人が多いけれど、私は「トレーニング不要」を掲げつつ、日常の軽登山を「縦走登山の一部」というふうに意識することをすすめている。日帰りを2日連続で続ければ、小屋泊まりよりハードになったりするからだ。
