おとなのたまり場 > いつでも Bon vivant > 毎日が山歩き > 【講座39】山小屋泊まりの基本
毎日が山歩き 案内人 伊藤幸司(糸の会・登山コーチングシステム)  50歳を過ぎてからでも楽に山歩き、愉しく山登り、のんびり山遊びが楽しめる毎日を紹介します。

講座 2007.5.30更新  

  1頁 頁2 頁3

【講座39】山小屋泊まりの基本


白馬岳での経験

すでに絶版になってしまったが1998年に講談社から出した『がんばらない山歩き』という本に、「山小屋の社会学」という一章をもうけた。

そこでも取り上げたのだが、私が、山小屋がおもしろいと思ったきっかけは白馬岳(しろうまだけ)の白馬山荘(はくばさんそう)での一夜だった。

それは1996年7月27日(土)。7月下旬の週末は当時、1年でいちばん山小屋が混む日とされていた。その特異日にあえて一番人気というべき白馬岳を選んで、18人という少なからぬ人数で登っていったのだ。

白馬岳山頂直下には1,500人収容の白馬山荘と、1,000人収容の村営頂上宿舎とがある。合わせて2,500人という巨大な「小屋」が用意されているわけだ。おそらく満員……ということはわかっていたから、予約なし、どちらに泊まるかも現地で右往左往して決めるとしておいた。

その2,500人がどれほど大きな数字かというと、当時、富士山全体に約50の山小屋があって、その最大収容人数は1万人に近かった。山小屋関係者に聞いてみると「え? あそこがこんなに大きいの?」というほどふくらんだ数字になっていたのはまちがいない。富士山では今年(2007年)、山小屋の収容人員を削減して快適さをアピールするというから、合計人数は1万人を大きく割り込むことになるだろう。


■白馬山荘と村営頂上宿舎 ― 1996.7.28

朝日の当たる白馬岳山頂から振り返ると、画面左右いっぱに伸びているのが1,500人収容の白馬山荘、その向こうに村営頂上宿舎がある

……で、白馬岳だが、もっとも混雑する日だけに、白馬の大雪渓から渋滞だった。その大行列の監視にあたっていたグリーンパトロールの人によると、午前11時に登山者は宿泊定員の2,500人を突破、夕方までの合計は5,000人をオーバーしそう、とのことだった。
白馬山荘の受付にようやく並んだ。山小屋の混み具合は、普通、宿泊人数では見当がつかない。混めば食堂だって寝室スペースに変わるからだ。慣れた人はだから食事回数を見る。それを「○回戦」というのだが、行列のほとんど最後尾を登ってきた私たちの夕食は「8回戦」午後9時50分からと示されていた。
じつは受付は個人個人でやると決めておいた。18人で申し込むとその日は布団5枚の配分しか受けられない。1畳に2人(JIS規格による8倍の人数が泊まるとなれば1畳に4人のはず。受付にそのことがズバリ! 表示されていた。
「本日の予想 畳1枚に4人以上 皆様でうまく協力しあって下さい。よろしくお願いします」
もちろん、どうしたら「うまく協力」できるのかは書いてないし、客の前面に出ているのは全部ミエミエのアルバイト。しかも仕事に夢中みたい。相談できる環境はどこにもない。一夜、巨大山小屋は無法地帯と化すのである。
個人客として受付をすますことと、じつはとなりに豪華レストランがあるということをみなさんには伝えてあったのだが、2番目のアドバイスはうまく理解されなかった。
私だけは夕食を無しにして、レストランに行くことにした。ほかのみなさんは9時50分まで夕食を待つか、夕食を捨てて、レストランで食事するということになった。
レストランは、たまたまオープン直前にテレビの取材で練習用の客となったことがある。行ってみるとガラガラだ。なぜならほぼ全員が夕食付きで泊まっている。ビールかコーヒー以外の人はそう多くはないようだ。
かわいそうだったのは事前に宿泊クーポンを購入してきた人たち。食事の取り止めができないで、歯ぎしりしていた。アルバイト相手だかららちがあかない。
部屋はどうなったか。私の隣の部屋は悲惨だった。ひとグループで個室のように占拠したまではよかったが、布団1枚に3人ならなんとか寝られるとして4人はもともと不可能だ。しかも部屋が狭かった。足が伸びないらしい。1泊9,000円を支払って奴隷船での大西洋横断航海を体験している。もちろんそのようすが覗けるのだが、うめき声ともため息とも聞こえる声が漏れてくる。
私の部屋でももちろん一波乱あった。はじき出される人と、早々に逃げ出す人とがいて、1畳3人程度の限界値まで下がっていた。私は何もせずに、与えられた場所でじっとしていただけのことだが。
なぜそうなるのかというと、慣れた人が布団をくすねて廊下に出る。はみ出た人も廊下に出る。山小屋は廊下や空きスペースの管理をしないから「うまく協力」しあって館内の人口密度は均一に向かう。
悲惨なのは同一グループで「1畳4人」と指示された人たちだ。だれかが棄民政策なり植民地獲得に乗り出さないと、苦しみを平等に味わう一夜になる。
1泊9,000円も出して、これが山小屋でなかったら暴動が起きるところだ。9,000円で定員の2倍の3,000人が泊まっているとして、一夜の売り上げは3,000万円に近い。昔、山小屋の主人はザックに札束を詰めて山を下ったというが、いまはヘリだから、まっ、いいか。
富士山の山小屋はまた違うおもしろさがあって興味が尽きない。……が、それはいつかまた。


  次のページを読む
  【第39回】会津駒ヶ岳 「写真で見る山の歩きの魅力」
毎日が山歩きトップへ
TOP