天気予報が日本経済に与えている損失
|
……なんていう大仰な見出しをつけているけれど、じつはまちがっている。天気予報ビジネスはまさに日本経済に寄与する形で成立しているというのが正解。その陰で、ごく一部の地域経済に、かなり深刻な経済的損失を与えている……というべきだが、「地方だって日本経済に変わりはないジャン」といいたいほど腹の立つ現場を何回も見ている。
しとしとと降り続ける雨も、私はしばしば「ラッキー!」と考える。毎年夏に南大菩薩の大蔵高丸あたりを歩いているけれど、13回のうち、一番気に入った花の写真が撮れたのは霧雨の日だ。伊豆の天城山もシャクナゲの時期に過去9回通っているが、富士山の見えない日が、絶対にいい。 しかし、ここで問題にしたいのは天気の鑑賞の問題ではない。実態天気の問題ではなく、予報天気の問題だ。 私たちが「わるい」天気予報のおかげでぜいたくな気分を満喫しているとき、その周囲で天気予報を恨んでいる人たちがいる。 降水確率についてはこの講座の第7回「『晴天率』というプレゼント」で触れたので参照していただきたいが、降水確率30%は「予報区内のアメダス観測所毎に予報の的中、不適中を判定し」「10地点のうちの3地点」で予報の時間単位(今日は6時間ごと、明日以降は1日ごと)に1mm以上の降水がある確率のことだという。 |
日帰りと縦走登山
|
中高年の登山グループが天気予報の降水確率によって行く・行かないを決めているということは、最初に聞いたときにほんとうに驚いた。 |
|
台風の時に山に出かけると驚くのは、雨が降ったり風が吹いたりするのは大筋予報のとおりだとして、雨が当たるか、風に吹かれるかは微妙な山ひだのぐあいによる。同時に森林帯などの植生による。台風はテレビを見ているときには現実的だが、直接その道筋に立っても、なかなか実感を得られない。先手を打って台風を見てやろうというのは、なかなか難易度の高いたくらみなのだ。 予報天気が雨だったら山に行かないというのは、逆にいえば予報天気が雨でなければ山に行くということだ。そういう人は、 |
|
山に出かけて雨になったらどうするのだろうか。予報天気をあまり信用していない私は、そういう心配をしてしまう。 「予報天気」が「実態天気」とかなりちがうという印象は経済と同じだが、山に行ってから予報になかった雨に遭ったらどうするのだろうか。そういう人たちにとっては、思わぬ雨で道が滑る危険が加わってくるというわけで怖い話になってしまう。 まともな雨具をもたずにすんでいる登山者は、ステテコを手放せない海外旅行者と同じではないかと思う(ちょっと飛躍かな?)。 |

