夏の水分補給をどうするか
昔なら「水筒」といえばすんだのに、いまでは古すぎて山道具としては一般名詞と受け取ってもらえなくなった。ポリタン(ポリエチレンタンク)も同様だろうか。それについては後で触れるとして、これからの季節、山登りの明暗をわけるのが水といっていい。私のようにギャラをいただいてみなさんを山へお連れするという立場で、いちばん恥ずかしい失敗は熱中症だと考えている。 登山であれば行動中の転倒・転落事故が当然考えられる。岩稜では落雷の危険も大きい。人によってはクマに襲われる危険もありそうだが、私ならスズメバチのほうが数百倍恐ろしい。そういうもろもろの危険にはいくら責任ある立場でも情状酌量の余地がある。危険をゼロにしたければ自由を100%縛らなくては……などという強弁も、ときに成り立つかもしれない。 ……で、とくに、夏に向かうこれからの時期、水分補給という日常とはいくぶんちがう行動技術が重要になってくる。 暑い季節になると体温を上昇させないように水を冷却水として使用する。汗となって蒸散するときに気化熱によってできるだけ効率よく体温を下げようとする。家庭の冷房と同じで、夏になると冷房のためのエネルギー消費が増大する。家庭の場合は電気代や水道代となるわけだが、山歩きではそれが「水」になる。 山の中で熱中症によって動けなくなった人が出たとする。体温を計ればおそらく40度C前後だろう。それが43度Cあたりまで上昇すれば死に至る。水を飲ませようが、外からぶっかけようが、頭を上げようが下げようが、どうにもならないといわれる。救急車で病院に搬送して、救急医療にゆだねるとしても、助からないかもしれないという。 血液がサラサラか、ドロドロかなんてもちろんわからない。わからないのに管理することなんてできるのか。 私の場合は次のような手順を踏む。まず、水分補給が不足しないように、休憩ごとにザックを置いて、水を一口飲んでもらう。いらなければ一口でいいし、ほしければ二口でも三口でもご自由に、という立場をとる。 そんなとき、顔が赤くなって嘔吐したり、逆に顔面蒼白になってめまいがしたりするとなると、以前日射病とか熱射病と呼ばれた症状の発症と考える。すでに40%が死亡に至るかもしれない危険な状態になっている。ヘリでも呼ばなければ間に合わないかもしれない。 |
2リットルをどうもつか
梅雨どきから夏の初めにかけて、メンバー全員が水をがぶ飲みするような日がときどきある。からだがまだ暑さに慣れていないときに、猛暑の山歩きをさせられたというような日だ。蒸して暑いという日かもしれない。 それから、もちろん、水をたっぷりもっていること。 現実はどのようになっているかというと、私の場合はもっともシンプルだ。夏も冬も持つのは普通の水道水。ザックの外ポケットに500ミリリットルのナルゲンボトル(米国ナルジェ社のプラスチックボトル)をもち、ザック内に1リットルのエバニュー社のポリカーボネートボトルを放り込んである。合計1.5リットルだが、じつはザック内にはチーム全体の非常用水を2リットル以上持っているので、必要ならそれを取り崩すことができる。冬のスノートレッキングでマイナス10度Cという場合もあるので、ボトル内に氷が張ることはあるけれど、外気にさらした500ミリリットルが凍りついたということは経験がない。行動時間が限られているからだ。 多くのメンバーは保温水筒を常備している。四季を通じて暖かい飲み物を飲めるようにしている。お茶やコーヒーを入れている人もあるけれど、白湯を入れて、スープやインスタントコーヒー、インスタント緑茶、抹茶など臨機応変に利用できるようにしている人もいる。満タンの状態がいちばん保温性がいいので、食事のときに最初に使って、残りは適当に、という考え方が合理的だ。 ところで、以前なら山には水が満ちあふれていた。地図に「水場」とないところでも、「三尺流れれば元の水」という大原則が信じられた。 水分は、必ずしも水として飲むとは限らない。みそ汁、お茶などは限りなく水だけれど、食べ物にも水分は含まれている。そういう朝食分の水分を持って出るとなると単純に1食分をプラスする必要がある。あるいは、下山が遅れて暗くなり、さらに終電に間に合うかどうかというような状況になった場合を考えると、通常は夕食時に補給される水分も持参していなければならないということになる。 |
携行ボトル
| 今回この原稿を書くので調べてみたら、一世を風靡したフランスのグランテトラやドイツのマルキルのアルミ水筒は、いまやかなりマイナーな存在になっているらしい。 元祖はどうもマルキルのようで、アルミ水筒の内側に特殊なコーティングがなされていて、酒などを入れても飲み物の味が変わらない。マルキルの発明といわれるのは針金細工の口金で、ワンタッチ式のビアボトル・ロッキングシステムという名前。ビールの口金に由来するようだ。軽い力で密封できるが、扱いが悪いためかザックの中で口金が開いてしまったという事故を何回か目撃した。 |
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アルミ水筒という雰囲気ではなく、アルミボトルと呼ばれるものの代表にスイスのシグがある。スペインにはラーケンというのもある。 グランテトラやシグボトルが華々しく登場する前、私たちは水も燃料もポリタンで携行した。今もほとんどそのままの「エバニューのポリタン」だった。 いまはどうか。日本のエバニューが化学安定性の高いポリカーボネートのボトルを用意してくれて、状況はかなり改善された。米国からはナルゲンボトルが入ってきた。「レキサンボトル」と呼ばれているのはポリカーボネート製だが、もともと学術研究用高級プラスチックボトルに始まるという。画期的な機能はパッキン(パッキングリング)を使わないで、ねじ込みキャップそのものに密封機能を持たせたことだ。パッキンを変えなくても使い続けることができる。 そして忘れていけないのはPETボトルだ。ポリエチレンテレフタレート樹脂は透明で酸素を通しにくいので中味が酸化しにくい。おまけに2リットル入り容器でも80gという圧倒的な軽さだ。 そこで私の提案だが、休憩ごとに口に含む水についてはPETボトル飲料か、500〜750ミリリットルの透明ボトルをお勧めする。飲んだ水の減り方が見えることで、水分摂取による当日の体調や環境変化が読みとれる可能性があるから。 |


