海の嵐か山の嵐か
私の連載に「ブランド物語」という新しいシリーズを加えたいと思ったとき、その第一弾は「ストームクルーザー」以外にないと、最初から決めていた。
とはいえ「ストームクルーザー」をご存じだろうか。cruiseという英語には船の巡航という意味が第一義的にあるので、ストームクルーザーというとどうしても荒波に向かって突き進んでいる船のイメージが最初に浮かんでしまうのだけれど。
ブランドイメージがどれほど浸透しているかという点では(たとえそれが知る人ぞ知るという少数派のものであったとしても)ストームクルーザーが風雨吹きすさぶ北アルプスの稜線を這うように進む登山者の姿などに直結していなければならない。一般常識的な海のイメージを山のイメージに切り替えられたとき、そのブランド戦略は成功したといえるだろうから。
まあ、辛辣にいえば失敗といえるのかもしれない。わたしの周りに、まさにそのストームクルーザーをもっている人が何人もいるので聞いてみたら、みなさん「何? それ?」という顔をしていた。
話は1982年に遡るが、ようやく一般化されはじめたゴアテックスを使ってレインウェアを作った会社がある。1986年には30デニールのバリスティックナイロンを表地にして、圧倒的な軽量・コンパクトを実現した。
そのレインウェアがヨーロッパとアメリカで旋風を巻き起こした。日本の若者が立ち上げたベンチャー企業が登山用品市場において世界の最先端に立った瞬間だ。
ストームクルーザーによって世界のマーケットに乗り出した「mont・bell」という会社(montとbelleはフランス語で「山」と「美しい」だが、社名がフランス語というわけではなさそうだ)は、若い登山家が自分たちの経験から新しい山の道具を開発するというお定まりのチャレンジとして産声を上げたけれど、最新の素材で作るという姿勢が創業時から現在までこの会社の基本イメージとして確立しているように思われる。
1975年に28歳で起業した辰野勇とモンベルの創世神話の部分は、いまモンベルクラブ会報誌「OUTWARD」で「軌跡――History of mont-bell」という連載が辰野自身によって書かれている。
私はたまたまその「OUTWARD」の創刊号らしい1996年9月号のコピーを持っているけれど、当然そこでもモンベルの歴史を語る連載がスタートしている。おそらくカタログやPR誌のよき読者であれば周知の事実なのだろうが、ストームクルーザー自体がモンベルというベンチャー企業の象徴だったとすれば、そこに至る道筋は軽くなぞっておくべきだろう。
現在モンベルのホームページに掲載されている年表の1976年に「高度な防水性を持つハイパロンレインギアを製品化」とある。これがレインウェアについての最初の記述となっている。
これについては1980年に出されたオリジナルカタログの創刊号「mont・bell 1975-1980」にかなりていねいな解説がある。
――登山者にとって、降雨から身を守るのは重要な問題です。われわれは、完全防水地を求めて、様々な材質をテストしてきました。その結果耐久性、防水性、経済性、コンパクト性などを解決したのが、ハイパロンクロスなのです。それと、常に問題とされる通気性です。これはデザインで解決することができます。ゴアテックスラミネート素材も、現在テスト中ですが、この素材はフッ素を持って構成されるために高コストになること、耐油性の問題、ハイパロンと比べかさばり、防水性に劣ることなど問題を残しています。しかしこの素材も私達の手で実現し「防水性に富み、蒸れない」物を目指していきたいと思います。――
ハイパロンは現在ではほとんど見なくなっているけれど、ゴム引き布に代わる軽量・高耐久性の防水布として一世を風靡した。創刊号のモンベルカタログにはもちろん現在のものと同様、素材についての解説欄が設けられている。
――HYPALONは米国DUPON社(DU PONTが正しい)の開発によるもので耐候性、耐油性、耐焔性、強い酸化性の薬品への対抗性、などに優れた特性をもつポリエチレン系合成ゴムです。この特性を活用して当社では登山用の雨具として取り入れました。――
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| モンベルの1982年カタログに初めて登場した「ストームクルーザー」。焼けこげのメモ用紙は東京広報の誰かが貼りつけたもの |
――雨具に使用した場合のコーティングは、下層に透明のハイパロンを下引きして生地をなじませ、その上に白色に着色したハイパロンを4回コートすることによって耐水圧2000m/m以上という防水に仕上げています。またそれは剥離しにくくしてあります。――
ホームページ年表の1980年には「防水蒸気透湿性素材としてゴアテックスとエントラントの長時間テストを行い、その結果数種のアイテムにこの素材を導入」とある。
1982年のカタログにはその結果が載せられていて、エントラント(東レの透湿防水素材)のレインウェアをレイントレッカー、ゴアテックスのレインウェアをストームクルーザーとして並べている。ストームクルーザーの誕生である。
そしてホームページの年表1986年の欄に次のような記述がある。「ストームクルーザーにバリスティック30デニール地を使用し、最も軽量コンパクトなゴアテックス雨具を製品化」……以来約20年、ストームクルーザーはモンベルのレインウェアのフラッグシップモデルとして先頭に立ってきた。
