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毎日が山歩き 案内人 伊藤幸司(糸の会・登山コーチングシステム)  50歳を過ぎてからでも楽に山歩き、愉しく山登り、のんびり山遊びが楽しめる毎日を紹介します。
日本365名山 2008.7.24更新

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【第66回】菜畑山

黒戸尾根と北沢峠

■中央本線車窓からの甲斐・駒ヶ岳――2003.2.26
甲斐の駒ヶ岳を象徴するのがこの角度だ。左肩に丸みを帯びた摩利支天が張りついている。韮崎から富士見あたりまで、車窓はなかなかにぎやかになる。「黒戸尾根」は真正面を登るルート

私にとって、甲斐・駒ヶ岳は特別な山だ。大学に入って探検部というのに入部したら、先輩が自主トレしないかと誘ってくれた。それが黒戸尾根から登る「甲斐駒」だった。

もともと文化系で身体虚弱・意志薄弱系だったから山などに登ろうと思ったこともない。甲斐駒がどんな山かも、当然知らなかった。

覚えているのは、当時人気のあったポッカレモン(今も酎ハイ用にあるみたいだ)を生のまま1本飲んでしまったことだけ。つまりバテたことだけ覚えていて、どんなところを登ったのか、どちらへ下ったのか、まったく記憶がない。

先輩が体育会系のシゴキ大好き人間でなかったので、それでもやさしく扱ってくれたはずだが、メンバーの中で最初にバテると泥沼だ。

仙水峠の下にある仙水小屋に泊まったとき、オヤジさんが皇太子が登山したときのことを話してくれた。たぶん多くの人に話しているのだろうが、オヤジさんは黒戸尾根を登ってきた皇太子を七合目の小屋で出迎えて、自分の小屋まで案内したという。

それによると、皇太子は「かなりの健脚」だそうだ。黒戸尾根を登ってきて、その日、アサヨ峰まで足をのばしたという。

皇太子はふつうの登山者として山を歩きたいのに、たくさんの取り巻きがいて、ドラマに出てくるようなフル装備の警備メンバーもいる。オヤジさんは皇太子にしごく同情的だった。

うるさいことをいう人間もいたそうだが「いつものやり方でいいのならお泊まりいただきます」で押し通したと、反骨精神を発揮したらしい。ともかく、黒戸尾根を登ってきた皇太子の態度には感心した……という。

いま私が甲斐・駒ヶ岳に登るときには黒戸尾根は視野の中にはない。1980年(昭55)に世の注目を浴びて開通した南アルプススーパー林道(のちに南アルプス林道とした)によって、東京を朝出ればその日のうちに北沢峠まで、歩かずに登れてしまう。北沢峠周辺の山小屋に泊まれば、翌日甲斐駒に登って、北沢峠からその日のうちに東京まで帰り着ける。

そういう山になってしまった、といっていい。

北沢峠から甲斐・駒ヶ岳を周回登山して下山する最終バスに間に合わせるのはそれほどむずかしくないけれど、隣りの仙丈ヶ岳の場合には北沢峠に泊まって周回するとなると、最終バスに間に合わせるには、ちょっと急がないといけない。そのことを考えて1日目に馬の背ヒュッテまで登っておくということも考える。

そこで健脚揃いでない場合には北沢峠周辺に2泊して、2日目に仙丈ヶ岳、3日目に甲斐・駒ヶ岳とすると、逆に無理がないという考え方もできる。仙丈ヶ岳の下山に時間的な余裕が得られるからだ。

南アルプス林道は北岳と甲斐駒・仙丈を驚くほど登りやすい山にしてしまった。


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