山上の湿原
会津の駒ヶ岳は女性的な山容……といってしまっていいのかどうかわからないが、樹林におおわれた急な尾根を登りつめると、たおやかな山稜が広がっている。
標高2,133mの駒ヶ岳山頂もその奥の中門岳(2,060m)山頂も顕著なピークとは感じられない。駒ヶ岳から中門岳までの稜線が会津駒ヶ岳という大きな山の広い山頂部であって、高層湿原特有の池塘が点在する、というふうに感じられる。
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| ■中門岳の湿原 ― 2003.7.27 山頂稜線のこの瑞々しさはどうだろう。厚く積もった雪がもたらした瑞々しさにちがいないが、こぼれ落ちそうなテッペンの湿原だ |
もっとも名だたる豪雪地帯であるだけに遅くまで雪が残り、山頂部には広大な雪渓が広がっていて、その雪が消えたところから新しい緑が萌え出る……というのが7月の状況で、木道がかなりの部分、まだ雪の下に隠れている。
そして多分、山頂稜線の雪が消えかかった時期がこの山の大きな魅力ではないかと思う。ハクサンコザクラが可憐に花を咲かせている周囲を埋め尽くすのはイワイチョウのくるっと丸まった緑の葉だ。別のところではコバイケイソウの若株が無数に姿を現したという斜面もある。点在する池塘の縁にはタヌキモも見える。
その気分は、たとえば苗場山、たとえば平ヶ岳の開放感と同じで、面積からいえば会津駒ヶ岳がいちばん小さいのではないかと思う。しかし山頂稜線に上がったところにある駒の小屋から駒ヶ岳山頂を経て中門岳の往復は約4km。ゆったりとして奥深い天空の回廊だ。
私のシミュレーションマップでは檜枝岐の登山口から駒の小屋まで32ポイント(8ポイント=1時間として約4時間)。それから駒ヶ岳山頂まではすぐだが、中門岳まで往復するとなると18ポイント(約2時間)、それに下りということで、檜枝岐に前夜泊での日帰りはもちろん可能だ。
しかし、それはあくまで健脚のピークハンターのスケジュール。ここはぜひ駒の小屋に泊まって、のんびりと天上の散歩道を味わいたい。
ただし駒の小屋はちょっと個性的だ。避難小屋泊まりがベースとなる東北の山では例外的に、宿泊予約があれば管理人が小屋を開けるという方式だ。定員30人の「完全予約制の営業小屋」と理解したい。だから寝具はある。しかし食事は出ない。水もない。
本州中央部では山小屋といえば2食付でも3食付でも、そしてもちろん素泊まりでも泊まれる営業小屋だが、東北・北海道ではそれはほとんど例外的な存在となっている。寝具のない小屋がスタンダードなのだ。
もうひとつ特異なのは全面幕営禁止であるということ。そのため山小屋の予約がとれていないと日帰りするしか方法がないということになる。
深田久弥の「日本百名山」踏破をねらっている人たちにはこの地域の至仏山、燧ヶ岳、平ヶ岳、会津駒ヶ岳あたりをできるだけ効率よく登ろうと考えるかもしれない。尾瀬の燧ヶ岳から御池に下って檜枝岐に泊まれば翌日登れるという計算になる。
しかし稜線で1泊することによってこの山はほかの山ではなかなか味わえない湿原風景を堪能することができる。オンリーワンの味わいだといっておきたい。
