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日本365名山
コラム

毎日が山歩き 案内人 伊藤幸司(糸の会・登山コーチングシステム)

日本365名山
第10回 高川山 伊藤幸司(糸の会・登山コーチングシステム)
たかがわやま(高川山・976m)
これまで私は、カルチャーセンターなどで入門の登山講座を開始するときには、例外なく第1回実技を高川山でおこなってきた。
山が小さいというのが第一の理由だが、「小さい名山」のひとつとして、高川山は何重にもドラマチックな演出を隠している。すべてが重層的に出てくるというのではなく、必ずどれかが出てくるという意味で、どのような状況でも期待を裏切らないからである。
たとえば登りや下りに急なところがある。初めての人にはまずはき慣れた運動靴で来てもらって、体験後に必要なものを的確に選んでもらいたいからだが、高川山の登りや下りには、足さばきの重心移動が、靴底の形状よりはるかに大きな安定要素であるということを体験的に実感してもらうのに好都合な場所が用意されている。
尾根道もあれば、谷筋に下る急斜面のジグザグ道もある。植林地だけでなく自然林もあるなど、山歩きのひととおりの要素を並べてくれている。
個性はいろいろだが、そのような「小さな名山」は日本各地にあって、地元の人によって登られている。ローカルなガイドブックなどで「小さいながら変化に富んだ」とか「ファミリーコースながらすばらしい展望」などと書かれていることが多い。高川山だって、外から見てその資質を見抜ける人はそういないはず。「だまされたと思っていちど登ってみたら?」というたぐいだ。
ただし、「小さな名山」は全国にあるといっても、富士山のかなり秀逸な展望台ということになると、地域限定ということになる。そして、富士山が見えるということの価値は、じっさいに体験してみると想像以上に大きい。高川山はその特別なアドバンテージを加えている。
富士山について補足しておくと、高川山は富士山をほぼ南西に見る。午後の太陽で平板になってしまった富士山が日没に向かってドラマチックなライティングをほどこしてくれることがある。そういう可能性のある日にはカメラマンだったら日没まで山頂で頑張ってみたいと思うに違いないが、もちろんここではすすめない。
大月駅前の岩殿山(城跡公園)から見た富士山
―2001.11.28
「十二単の富士山」というにはシルエット気味だが、太陽が落ちていくところに三ツ峠山、その左のまろやかなのが高川山。富士山の山頂ほぼ真下にあるのが鹿留山、左に高まっていくのが御正体山。さらに左手(手前側)にギザギザと続くのが(道志の)二十六夜山、その左の高まりが今倉山。画面中央の真っ黒なところに大月の町がある。
日没に向かって富士山がいよいよ美しくドラマチックになりそうな予感がしたら、早めに下山して、大月駅から直接歩いて登れる岩殿山の城跡公園に移動。暗くなってもほぼ問題ない城山の石段を上がっただけで、ゆっくりと、宵闇に消えゆく富士山を眺め続けることができる。
アプローチ
大月はJR東日本のホリデーパス(1日乗り放題2,300円)の中央本線の境界駅。初狩駅までの乗越しは190円。大月が始発駅の富士急行線は田野倉まで210円、禾生まで290円。
タクシーは大月駅前に富士タクシー(TEL 0120-154229/0554-22-2516)と富士急山梨ハイヤー大月営業所(TEL 0554-22-2455)があって、下山地点から2,000〜3,000円で大月駅まで戻れる。
この地域でいつも悩むのは入浴で、小規模なものはいろいろあるけれど、ある程度の人数が、いま、これから行きたいという場合にほぼまちがいなく選べるのは大月駅から徒歩3分の銭湯よしの湯(TEL 0554-22-2279/16:00〜21:30/360円/月曜定休)か真木(まぎ)温泉TEL 0554-22-0146/11:00〜15:00/1,000円)。
真木温泉は都会派の隠れ宿的雰囲気があっていいのだが、大月駅からタクシーで約10分(約2,500円)の料金を往復分加算しなければならない。食事も予約していないとできないなど、山の帰りがけ……というのにはちょっとヘビーかと思う。
田野倉なり禾生なり、富士急行線の駅に着いたときに河口湖方面への下り電車がくるようなら、禾生の次の赤坂駅まで行くと、歩いて15分ほどのところに年中無休のスターらんどTEL 0554-45-6711/09:00〜翌01:00/1,000円、鍵付き貸し切り風呂1,575円)がある。帰りにタクシーを呼ぶと大月駅まで約3,500円という距離になる。赤坂駅でなくさらにひとつ先の都留市駅で下りるとタクシーがあって、市営の芭蕉月待ちの湯(TEL 0554-46-1126/10:00〜21:00/700円/月曜定休)も選択肢のなかに入ってくる。歩きたくない場合のスターらんどもこの手法でいける。
あるいはJR初狩駅へと下れば、八幡荘(TEL 0554-25-6780/入浴+休憩+茶代1,000円。初狩駅ガード近く)などもある。
……というような入浴事情を見渡して、けっきょく利用度の一番高いのは銭湯のよしの湯ということになる。一番風呂状態の湯で汗を洗い流して、ちょっとぜいたくな食事というイメージに落ち着いている。
食事は駅前の濱野屋TEL 0554-22-1372/11:00〜21:30)がおすすめだ。初めてのひと(とくに女性)には1,500円の三段弁当を推薦しておきたい。列車の時間待ちの場合など、おかみさんにはっきり伝えておけばあざやかな手並みを見せてくれる。
同じ駅前にAdagissimoTEL 0554-23-2323/9:00〜22:30)がある。1階でコーヒー、ビールなどを飲むのはおすすめ。軽い食事もできる。2階が食堂になっていて大人数で上がったことが2回あるが、2回とも混乱性トラブルが発生した。
ルートシミュレーション

この地図の範囲は国土地理院1:25,000地形図、甲府3号-1(おおつき)、甲府3号-2(つる)でカバーされる。
赤い○印は標高50mごとに置いた半径50mの円。青い◇印は山頂から約500mごとの水平距離。○印の間隔によって登山道のある斜面の傾斜を把握できる。
さらにこの地図の特長は、○印と◇印をどちらも1個(1ポイント)7.5分(2個で15分、8個で1時間)と仮定して、時間とエネルギーを概算できること。
超入門編の探検登山
 標高1,000mにわずか及ばないが、高川山は山梨県の「山梨百名山」のひとつに数えられ、大月市の「秀麗富嶽十二景」の山としても選ばれている。中央線沿線の人気の山のひとつといえる。
 人気の山というと、たいていは登山道が整備されて、いかにも「どなたでも登れます」といった表情になってしまうのだが、この山では地元の山岳会だか、熱心な愛好家だかによって登山道がひらかれた……という昭和30年代の解放区的な雰囲気がいくぶん残っている。もちろん登山道は整理されているから道迷いの事故などを心配する必要はないのだが、親切すぎない案内と、整理されきらない複数の登山ルートとが、いくぶん野放図な感じを与える。
 また、小さな山のくせに変化がある。外見はのっぺりとして目立たない山なのに、尾根道も谷道もそれぞれギュッと圧縮した感じがあって、時間的には短いけれど、日本の山で体験するいろんな気分が味わえる。
 このあたりの山はどれも、林道が縦横に入り込んでいるし、地元の人が使う山道がけっこうあって、迷い込むと苦労させられたりする。高川山もそういう山のひとつと考えればそれだけのことなのだが、地図をご覧いただくとわかるように、東に下ればどの道をたどってもすぐに麓の道に出てしまう。そういうわけで、標高差にして500m弱の「不安な道」に果敢に挑戦してみるおもしろさを味わうことをおすすめしたい。
 ミニサイズではあっても、「探検」と名づけるとなると、細部より、まずは広い視野でフィールドを見ておきたい。JR中央本線の大月駅から西へのびるJRの次の駅が初狩駅。南へのびるのが富士急行線で、田野倉駅、禾生(かせい)駅とつづく。この4つの鉄道駅の内側に行動範囲を限定したい。
 いろいろな方向から山頂を目指すという方法もおもしろいが、登りきったところが頂上なので、尾根であろうと谷であろうと強引に登りきれば勝ち、という最後の手段がどうしても現実のものになりやすい。いわゆる「藪漕ぎ」の登場だが、ここではあくまでも入門編と考えているので、そういう危険を冒す場面を想像したくない。
 樹林におおわれた一般的な山で、ルートハンティングが難しくなるのは、険しい山より、女性的でまろやかな山の場合だ。どの尾根を下り、どの谷に下るかを決める場合に、そのメリハリが弱いので、ふと、間違った方向へと踏み込んでしまうことが多い。
 高川山の場合、初狩駅から登って、富士急行線側に下るとして、下山路が何本にも枝分かれしている。さりげない分岐をひとつ間違えると、進路がどんどん開いていってしまう。一般的な登山でよくある失敗がこの山でも起こりうる仕掛けになっている。その、いくぶん複雑な下山ルートをきちんとたどれるか、間違ったとしたらどうするのか。おそらく3回ぐらいは楽しめるにちがいない。
 それぞれのルートには「松葉入り」「中谷入り」「しらの沢」「さんの沢」「初狩」などという名がついているようだが、じつは私には分からない。下りたところでぐるっと見渡して地名らしきものを探してみるといった程度ですませてきたからだが、おおざっぱにいって、禾生駅、田野倉駅、大月駅のどれかに出るというだけのこと、でもあった。地誌学的な興味のある方は、下りたところでいろいろ聞いてみていただければ、さらに「探検」は充実してくるかと思う。
富士山を見る
 この高川山が大月市の「秀麗富嶽十二景」のひとつとされているわけだが、ちなみにその十二峰とは、
 1番山頂………雁ケ腹摺山(がんがはらすりやま・1,874m)
 1番山頂………姥子山(うばこやま・1,503m)
 2番山頂………牛奥ノ雁ヶ腹摺山(うしおくのがんがはらすりやま・1,995m)
 2番山頂………小金沢山(こがねざわやま・2,014m)
 3番山頂………大蔵高丸(おおくらたかまる・1,781m)
 3番山頂………ハマイバ丸(はまいばまる・1,752m)
 4番山頂………滝子山(たきごやま・1,590m)
 4番山頂………笹子雁ヶ腹摺山(ささごがんがはらすりやま・1,358m)
 5番山頂………奈良倉山(ならくらやま・1,349m)
 6番山頂………扇山(おうぎやま・1,138m)
 7番山頂………百蔵山(ももくらさん・1,003m)
 8番山頂………岩殿山(いわどのさん・634m)
 9番山頂………高畑山(たかはたやま・982m)
 9番山頂………倉岳山(くらたけやま・990m)
 10番山頂……九鬼山(くきさん・970m)
 11番山頂……高川山(たかがわやま・976m)
 12番山頂……本社ヶ丸(ほんじゃがまる・1,631m)
 12番山頂……清八山(せいはちやま・1,593m)

(註:牛奥ノ雁ヶ腹摺山の標高は地形図にはなく、大月市の表記による。大蔵高丸についてはこれまで地形図に標高が示されず「約1,770m」とされてきたが、最近、地形図に「1781m」という標高が表記された。滝子山は三角点標高が1,590.3mだが、西隣の最高峰に「1,620m」という標識がかかげられている。)
 簡単にいえばどれもこれも三ツ峠山の後背になるので、大月市では「前山を従えて十二単を着たような富士山が望めるのが特徴」と表現している。
 これらの18峰からの富士山はそれぞれすばらしいとして、それぞれ違う富士山になっているはずなので、平面上のバリエーションということができる。
 そのような中で、高川山からの富士山の写真をインターネット上でさがすと傑作が多い。とくに夜景は驚くほど端正な印象になっている。そういう写真を撮るために暗いうちに登ったり、山頂で夜を明かしたりする人も多いようだ。すなわち、時間的な変化によって、富士山の表情はまた、驚くほど変わる。
 そしてその時間的変化は、山岳写真を撮っている人ならだれでも知っていることだが、ときに秒の単位でシャッタータンスが訪れることもある。日の光や雲の動きが絡む場合には風景は驚くべきスピードで変化する。
 驚くことばかりだが、富士山という動かぬ対象物と正面から向き合うと、風景の動きの早さに何度でも驚くことになる。
 そして季節の変化も広い意味で時間の変化だ。
 高川山の山頂に躍り出た瞬間の開放感、気持ちのはずみはその時どき、その人ごとに違うとしても、富士山というモノサシが毎回のその違いを明らかにしてくれる。何度登っても印象が違って見えるのは、やはり富士山のお陰だと思わずにいられない。
 
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