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つくばさん(女体山876m、男体山870m) |
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江戸時代には白い富士山と紫の筑波山とが関東二名山とされたという。標高が低いにもかかわらず、江戸の町に向かって筑波山は存在感を示していたというわけだ。 |
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登山口の筑波山神社が標高約250m、山頂が標高876mだから標高差は600m強。日帰り登山の標準的サイズであることに加えて、関東平野一望という特異な展望台となっている。逃げ道(エスケープルート)をケーブルカーやロープウェイにすることができるので、山登りは初めてというメンバーで登るときなど、安心して登りに全力を投入できる。 |
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全国区の超有名な山だから、訪れる人は多い。圧倒的に多いのはケーブルカーやロープウェイで往復する観光客で、登山者としては『日本百名山』を全山登山中というベテランも訪れる。そして軽い身ごしらえの日帰り登山者や勢いで登ってしまえという観光客。 |
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俗っぽい山ではあるが、登り方の力加減をいろいろ実験できるから、手合わせの山としてはなかなかうまくできている。だから私は入門編講座の最初の半年に必ず加える。 |
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新しい「つくばエクスプレス」が秋葉原〜つくば間で開通したが、別に「筑波駅」というのがあるのをご存じだろうか。JR常磐線土浦駅から出る「筑波駅」行きのバスがある。その「筑波駅」バス停を「筑波山」バス停と称して、東京駅八重洲南口と結ぶ高速バスもある。ただし登山者はさらに筑波駅〜筑波神社間のバスに乗り継ぐことになる(歩いても行ける距離だが)。 |
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「筑波駅」は正式には旧筑波鉄道筑波駅跡というべきであって、1987年に廃線、現在線路跡はサイクリングロードとなっている。ちなみに「つくばエクスプレス」の「つくば駅」は「つくばセンター」と呼ばれるつくば学園都市のバスターミナルの地階にあって、そのつくばセンターへは東京駅八重洲南口から高速バスが(まだ)頻繁に出ている。 |
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筑波山も筑波学園都市も近所ではあるのだが、「筑波駅」と「つくば駅」とはタクシーで6,000円ほどの距離があり、これまでバス便はなかった。しかしつくばエクスプレス開通によって、「シャトルバス」と呼ぶ応急運行的な便が日中6往復動いている。「TXつくば駅」(TXはつくばエクスプレスのことらしい)から筑波山神社(700円)、つつじヶ丘(850円)へと直行できる登山(観光)バスだ。応急的な運行のようだから事前に確認されたい。 |
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展望の筑波山という意味では、筑波山神社の門前にある筑波山ホテル青木屋(TEL 029-866-0311)の展望露天風呂がすばらしい。筑波山中腹のビルの屋上から関東平野を足下に眺めながらの入浴となる。日帰り入浴は午後4時までの受付で1,000円。女性用は問題ないのだが、男性用は露天風呂と展望風呂が女性用風呂の両側に離れているので移動は不便。それでも富士山が見える日なら(当然東京も見えるわけで)最高だ。並びのつくばグランドホテル(TEL 029-866-1111)や筑波山江戸屋(TEL 029-866-0321)も日帰り入浴可能だが、夕方以降は入れないケースが多い。その場合は日帰り入浴施設の筑波山温泉つくば湯(TEL 029-866-2983)が10:00〜22:00の営業(無休)で平日1,000円(土日は1,200円)。 |
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ついでにお教えしたいが、夜になると筑波山では食事がしにくい。タクシーで「そばのゐだ」(TEL 029-850-8082)へどうぞ。かつての筑波山神社表参道の中ほどにある(いろいろな意味で)個性的なそば屋だ。11:00〜19:30(木曜定休)でつけそば900円、鴨汁2,000円、そばがき800円など、独特の雰囲気を楽しめる。準備の都合を考えて、事前に電話をかけておきたい。バス停の筑波駅まで歩くとほぼ水平にたっぷり15分という感じの場所だ。 |
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筑波山周辺はおそらくこれから交通網が再編されるだろうからいちおう暫定的にということになろうが、これまでの体験によるアプローチ情報をまとめておきたい。 |
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つくばエクスプレス(首都圏新都市鉄道)は秋葉原(JR秋葉原駅の地下)からつくば(つくばセンター・バスターミナルの地下)まで快速と区間快速で約45〜50分、朝夕毎時4〜6本、1,150円。都心への通勤路線なので朝は5時台から夜は23時台まで利用できる。 |
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ただし、ここから筑波山へのバス路線は応急的なシャトルバスとなっていて、TXつくば駅出発が土休日は08:00、09:00、10:00、11:00、14:30、15:30(平日は09:30、10:25、11:30、12:30、14:10、15:30)となっている。筑波山神社まで約40分、つつじヶ丘までさらに約10分。逆につつじヶ丘発は土休日が09:00、10:00、13:30、14:30、15:30、16:30(平日は10:30、11:25、13:10、14:30、15:30、16:30)となっている。(関東鉄道TEL029-866-0510) |
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これに対してJR常磐線は上野から土浦まで約70分(特急は約40分)で1,110円(自由席特急券900円)となっている。さらに土浦→筑波駅のバス(関東鉄道 TEL 029-866-0510)がおおよそ毎時間1本前後ある。料金890円。ちなみに土浦駅出発は土休日が08:00、08:40、09:50、10:30、11:30、12:30、13:30、14:30、16:30、17:30、18:10、18:50、19:30、20:20。平日は
08:15、09:00、10:00、11:00、11:30、12:00、13:00、13:30、14:00、15:00、16:00、17:00、18:00、19:00、19:30、20:00、20:30
とある。
登山帰りの便について午後分だけを記すと、筑波駅出発は土休日が12:30、13:30、14:30、15:30、16:30、17:10、17:50、18:30、19:20とあり、平日は12:30、13:30、14:00、14:30、15:30、15:40、16:10、16:30、17:30、18:30、19:05、19:35、20:10といくぶん多い。下山後、風呂に入って食事などして帰る場合は、土浦行きバスの最終便の時刻は確認しておかなければならない。 |
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東京駅八重洲南口のバス乗り場から直接筑波山(筑波駅)へと入れるのが高速バスのニューつくばね号だ。1,730円で所要時間は約100分。東京駅八重洲南口→筑波山は07:20→09:00、09:10→10:50、11:10→12:50、12:50→14:30、14:50→16:30、16:40→18:20、18:40→20:20、20:20→22:00とあり、上り便は筑波山→上野駅→東京駅となるが、05:50→08:00→08:20、07:45→08:55→10:15、10:00→12:10→12:30、12:00→14:10→14:30、14:05→16:05→16:25、15:50→17:50→18:10、17:25→19:25→19:45、19:15→21:15→21:35とある。帰路、19:15の最終便に乗ったことが何度もあるが、平日だと貸切状態となっている。その後つくば学園都市のはずれで乗り込む人がいて、それなりに席が埋まる。つくばエクスプレスの開通でこのバスはどうなるだろうか。 |
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筑波山ではタクシーを細かく利用するといろいろ便利だ。どこからでも携帯電話が通じるという利点がある。バス停の筑波駅に関鉄タクシー筑波営業所(TEL 029-866-0806)があり、その先何軒目かに植松タクシー(TEL 029-866-0041)がある。最終的につくばエクスプレスのつくば駅までタクシーを飛ばすという心づもりがあれば、スケジュール面での危機管理は万全といっていい。 |


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この地図の範囲は国土地理院1:25,000地形図、水戸15号-4(つくば)、水戸15号-2(かきおか)でカバーされる。 |
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赤い○印は標高50mごとに置いた半径50mの円。青い◇印は山頂から約500mごとの水平距離。○印の間隔によって登山道のある斜面の傾斜を把握できる。 |
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さらにこの地図の特長は、○印と◇印をどちらも1個(1ポイント)7.5分(2個で15分、8個で1時間)と仮定して、時間とエネルギーを概算できること。 |
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たとえばお江戸日本橋からだと……北東約70kmに筑波山はある。反対側の南西には約60kmに標高1,252mの丹沢大山があり、その向こう約100kmには富士山がある。
かつて江戸町民にはこの三山の姿が親しいものとして生活のなかにあったという。一番近い大山は、山麓の鶴巻温泉での精進落としも含めて大山講が江戸市中に多くの信者をかかえていたといわれるから、江戸町民にはきわめつけの親しい山であったといえる。
が、じつは筑波山は大山とではなく、古来富士山と比べられてきたというからえらい。白い富士と紫の筑波山とが関東二名山とされたという。その「紫峰」の由来は1日のうちに藍、緑、紫と表情を変えたという(今はどうだろうか)ことからだ。低いながらも独特の双耳峰が関東平野の果てにくっきりとそびえている。
深田久弥は『日本百名山』でこう書き出している。「筑波山を日本百名山の一つに選んだことに不満な人があるかもしれない。高さ千メートルにも足りない、こんな通俗的な山を挙げるくらいなら、他にもっと適当な名山がいくらでもあるではないかと。しかし私があえてこの山を推す理由の第一は、その歴史の古いことである。…中略…すでにその頃(奈良時代)から多くの人に登られていたことは、おなじく『常陸風土記』によれば、関東諸国の男女は、春花の咲く頃、秋紅葉の節、相たずさえて登り、山上で御馳走を拡げ、歌をうたって舞い楽しみ、そこで夜を過ごす者もあった。筑波山へ登ってその会合で男から結婚を申し込まれないような女は、一人前ではないと言われさえした……」
高い方の女体山(イザナミノミコト)と、低い方の男体山(イザナギノミコト)とが睦み合っているとすることからか、筑波山神社の御利益は夫婦和合。この山の歴史を思いながら登ると、男女川(みなのがわ)源流が現れる。今ならご当地ソングというべき陽成院の「筑波ねの峰より落つる男女川 恋ぞつもりてふちとなりぬる」が東国のこの山の有名度をあらわしている。 |
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前足4本、後足5本のヒキガエル(ガマ)が筑波山では「四六のガマ」になるというのは現在でも筑波山神社入口の土産物店で確認(?)できるかと思うが、私自身も含めて、あえて見に行こうとする者はそれほど多くはないようだ。ましてカエルがターラ、タラリと流すほどのアブラ(脂肪)をもっているかどうかなど、のっけから信じていない。
しかし丹沢の大山がお札をもってまわる御師によって江戸庶民と深くつながっていたように、筑波山は江戸時代、このガマの油によって御利益をともにしていた。江戸時代に考案されたというガマの油売りの口上は――
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◎サアーサア、お立合い。御用とお急ぎのない方はゆっくりと聞いていらっしゃい。遠出山越え笠のうち、聞かざる時は、物の黒白、出方善悪がとんと分からない。山寺の鐘がゴーンゴーンと鳴るといえども、童児来って鐘は撞木当てざれば、とんと鐘の音色が分らない。
◎サアテ、お立合。
◎手前ここに取りいだしたるは万金膏ガマの油。ガマと申しましても、ただのガマとガマが違う。これより北、北は筑波山の麓。おんばこという露草を食って育った四六のガマ、四六五六はどこで見分ける。前足の指が四本、後足の指が六本、合せて四六のガマ。山中深く分け入って捕えましたるこのガマを、四面鏡張りの箱に入れる時は、ガマはおのが姿の鏡に映るのを見て驚き、タラーリ、タラーリと油汗を流す。これをすきとり、柳の小枝にて三七、二十一日の間、煮つめましたるが、この万金膏ガマの油。
◎このガマの油の効能は、ひびに、あかぎれ、しもやけの妙薬、まだある。大の男の七転八倒する虫歯の痛みもピタリと止る。まだまだござる。出痔、いぼ痔、はしり痔、はれもの一切。そればかりか刃物の切味まで止める。
◎取り出したるは夏なほ寒き氷のやいば、一枚の紙が二枚、二枚が四枚、四枚が八枚、八枚が十六枚、十六枚が三二枚、三二枚が六四枚、六四枚が一束と二八枚。ほれこの通り、フッと散らせば比良の暮雪は雪降りの姿。これなる名刀もひとたびこのガマの油をつけるときは、たちまち切味が止る。おしても引いても切れはせぬ。といってもなまくらになったのではない。このようにきれいにふきとるときは元の切味となる。
◎サーテお立合。
◎このようにガマの油の効能が分ったら、遠慮は無用だ。ドシドシ買って行きやれ。
――ガマの油は、どうも馬油などの油剤にカエルの分泌液を混ぜたものということらしいが、その分泌液については、エルメッドエーザイ株式会社のホームページに「お薬千夜一夜物語」というのがあり、ガマの油を次のように解説している。
「……蝦蟇の油本舗も店を閉じてしまいました。もう蝦蟇の油の形で売られることはありません。しかし伝統ある配置家庭薬『六神丸』の主成分蟾酥(センソ)として、中国から輸入され大量に消費されております。六神丸の薬理効果は『動悸、息切れ、気付け』です。
蟾酥は『蝦蟇の油』そのものです。蟾酥には麻薬コカインの数十倍の強い局所麻痺作用があり、更に血管収縮と抗炎症作用とが認められており、溶剤の油に傷を保護する作用もあることから、『蝦蟇の油』は刀傷を負っても出血や痛みも少なく、当時は素晴らしく良く効く塗り薬ではなかったかと推測されます。」……だそうだ(ちなみに蟾酥とはアジアヒキガエルの毒腺の分泌物を集めたもの)。 |
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東京方面から見るとまるで富士山の子分のように見えるので火山かと思えるのだが、そうではない。書物によれば古い砂岩や粘板岩などが海底に堆積したところにマグマ溜まりからハンレイ岩や花崗岩が入り込み、全体が隆起して山になり、浸食され、堅いハンレイ岩が山頂部に、山体基部には花崗岩が残されて現在の山容を構成しているという。関東平野側の表側の姿かたちがたまたまコニーデ型火山のように見えるだけだというのだ。
稜線ルートをたどると名前を掲げられた個性的な岩がいくつかあるけれど、そういう地質学的な由来の岩貌ということになる。
加えて、江戸時代には、江戸城からの鬼門に当たるところから江戸城鎮護の霊山として特別な存在とされた。それによって現在に至る豊かな植生が保護されたと考えられるのだが、樹木の種類だけで200種を超えるという。
ちなみにその徳川家による筑波山の扱いについて、筑波山神社の由緒沿革(インターネット版)には次のように書かれている。
「……天正18年8月(1590)、徳川家康は江戸城に入城、東北に聳える筑波山を仰いで江戸城鎮護の霊山と崇め、慶長5年9月(1600)関ヶ原の合戦に大勝の後、山司筑波八郎以来の社家筑波氏を悉く追没して家康が厚く帰依していた大和国長谷寺の別当梅心院宥俊を筑波別当に補し、知足院を再興せしめて将軍家の御祈願所と為し、筑波山神社御座替祭を以て江戸城鎮護の神事と定めた。然して慶長7年11月25日(1602)、筑波山神領五百石(大字筑波)を寄進した。…中略…元禄3年2月(1690)に続いて8年正月に都合千石(大字沼田、大字臼井の二村)を加増したので、筑波山神領は千五百石を算へるに至った。江戸時代の筑波山神領は、伊勢、日光山両神領と共に他に例のない国役金免除の神領となし専ら当神社の奉務の任に当らせた……」 |
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筑波山にはケーブルカーとロープウェイがあって、観光客が山頂に満ちあふれている日もある。しかし、この山は私が提案する登山道の「1時間モデル」を的確に体験できるという意味で、入門編の山歩きとして欠かせないものとなっている。
筑波山ケーブルカーは筑波山神社のすこし上、標高305mの宮脇駅から、男体山山頂の基部にあたる御幸ヶ原の山頂駅の標高800mまで、標高差495mを1.6kmかけて登っていく。平均勾配は31%、約17度と出る。ケーブルカーとしては驚くほどゆるやかだが、これが日本の標準的な登山道の勾配となっている。そして都合のいいことに、ケーブルカーの軌道に沿って登山道がつけられている。こまかなジグザグはあるけれど、基本的にはストレートに登っていく。
「1km先で300m登る」という「1時間モデル」の2つ分には少し欠ける(男体山の山頂まで登れば2つ分になる)が、ちょうど中間点に茶屋跡の広場があって、そこで上下のケーブルカーがすれ違う。それから先、ケーブルカーのトンネルを越えると男女川源流まで平坦な道になるので、その分が加わって最後に急登がくる。整備された階段の道だが、これも日本の登山道ではしばしば体験する約30度の急登部分ということになる。
日本の登山道の基本的なパターンを体験できるこのルートは、たとえば山歩きに長期的な空白ができたときの復帰第1回登山に当てるなど、体調判断に的確な答えを出してくれる。無理をしているようなら帰りは歩かなくてもいい。
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