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毎日が山歩き 案内人 伊藤幸司(糸の会・登山コーチングシステム)

日本365名山
写真で見るの山歩きの魅力 大山
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01 大山ケーブルカーの下社
ふつうなら山頂駅と呼びたいところだが、「下社」でがっかり。
しかし江戸時代、大山信仰が関東一円におよんでいた時代には、現在ケーブルカー中間駅の不動前にある大山不動が「下社」のところにあって、そこまでが参詣範囲。その上には夏の20日間しか登れなかったという。
02 阿夫利神社下社の境内から湘南方面を見る
大山の標高700m地点にある下社からでも「眼下に江ノ島」という印象の展望が開ける。江戸市中から見える顕著な山は富士山と筑波山だが、富士山に重なって見えるのがこの大山だ。富士講の人々の中にはこの大山のふもとから足柄峠を経て富士山に向かう人も多かったという。
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03 阿夫利神社下社の灯籠
この灯籠には「み組」とある。
大山信仰は雨乞いのほか、豊作も、商売繁盛も、海上安全・豊漁も祈られた。江戸火消しの講もあったという証拠がこれか。
04 下社わきから登る石段 
いにしえの登拝路の趣を感じさせるこの急な石段を登ると、わりとふつうの登山道になる。徳川家康が江戸に入ると、大山の修験者に下山命令を出している。
山を下った修験者たち(160人余といわれる)は御師(現在は先導師と呼ぶ)として関東一円に1,500余といわれた大山講を組織する。 明治の廃仏毀釈で阿夫利神社下社(拝殿)となる大山寺不動堂までは講中に開放したが、この石段から上は御師たちが特権的に支配する信仰空間であったようだ。
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05 約30度の斜面に約20度のジグザグ道
下社から始まった登山道は、しばらくのあいだ急登だが、道はジグザグに切って勾配をゆるめている。 大山の登山道は丹沢山地の(さらにいえば日本のほとんどの山の)標準的なものなので、これをゆっくり、ねばり強く登り続けるリズムがつかめれば合格。
ゆっくり登っていく人のなかから健脚登山者(見るからに速い人はエセ健脚の場合が多い)を見つけられるようになったら、後ろについて足さばきを盗んでみたい。
06 21丁目の富士見台
丹沢山地の東のはずれにあるために、大山から西の展望はあまりよくない。
したがって富士山はヤビツ峠に下り、登り返して三ノ塔(1,205m)の山頂に立ったあたりから「同行二人」というような離れがたい存在になる。  ただし、登りの21丁目に富士見台があって、三ノ塔の大きな山容から顔を出している。
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07 山頂から南の眺め
東に東京湾、西に富士山という位置にある大山から南に見えるのは、まず伊豆大島。それから伊豆半島。手前にきて箱根の山。さらに手前には小田原〜平塚の市街地。東海道の眺めといっていい。
08 阿夫利神社下社とその手前にケーブル駅
蓑毛バス停から中腹を巻いて下社に出る道をたどると、最後のところでこの風景があらわれた。
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09 蓑毛→下社ルートの「ちょっと危険」個所
地図を見ていただくと、蓑毛から下社に向かう道は下社の手前で大きくうねっている。大きく張り出して尾根をまわりこんだところで下社が眺められたが、次に小さな谷をまたぐ。
山の急斜面をトラバースする(横切る)ときにしばしば現れる崩落危険地帯。大山ではもちろんきちんと整備されている。
10 大山信仰の重要な禊ぎ場所となった二重滝
江戸時代の大山信仰では、信者がここで身を清めたという。
あるいはまた雨乞いのために、この水をいただいて戻ったという。
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11 見晴台から山頂を望む
山頂から見晴台に下る道もなかなか急なうえ、雨が降ると滑りやすい泥の道となる。しかしここまで下ると道は開け、ベンチに座れば新宿の高層ビル群まで見渡せる。
振り返ると標高差約550mという山の規模を自分の目できちんと見ることができる。このボリュームはおおよそ標準的な日帰り登山と考えていい。
12 突然、ほぼ人間サイズのお地蔵様があらわれた
10年前のことだからまだこのままかどうかわからないけれど、立派な地蔵が立っていた。道は見晴台から日向薬師へと下っていく関東ふれあいの道の、九十九曲にかかるあたり。登山道で見る地蔵としてはみごとなお姿といえる。
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13 七沢温泉の猪鍋
この日は、日向薬師からさらにひと山越える感じで七沢温泉まで足をのばした。
入浴のあとの食事は丹沢名物の猪鍋だが、イノシシは現在もなお丹沢山地にたくさんいて、プロやアマの猟師がけっこう収穫をあげているという。
14 大山の先導師の店
大山ケーブル駅バス停からケーブル駅(追分駅)にいたる道の両側には旅館、豆腐料理店、土産物店などが並んでいる。
写真は最上部の店。風呂で汗を流して食事ができるので山の帰りにはありがたい。江戸時代にはここと蓑毛を合わせて160軒余の御師(後に先導師)がいて関東一円に檀家をもっていたという。
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