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| 優しい顔にピンクの前掛けがよく似合う |
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霊場「賽の河原」で目につくのは、無数の石積みであり、多くの小さな地蔵尊、お地蔵さんである。地蔵と地蔵信仰については、宗教、民俗の領域に優れた研究があるので、詳細はそちらに譲り、ここでは奥尻島「「賽の河原」で目についたお地蔵さんを何体か写真で見ていただこうと思う。
平凡社の大百科事典によると地蔵とは、
……菩醍の一つ。サンスクリット名クシティガルバの訳。六道および五濁悪世を選んで救済活動にあたり,弥勒の出現まで活躍する。<わが名を唱える人を苦から救う>という誓願をたて,梵天,夜叉,狼,閻魔などさまざまの姿をとって衆生を導く。……
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| 眠っているような穏やかな表情の像に掛けられた白布には、「娘を育ててくれてありがとう。私達も冥福を祈ります」と書かれている |
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仏教の伝来した奈良時代から「地蔵経典」も伝わり、地蔵も造られたようだが、阿弥陀、観音、弥勒といった仏像に比べると最初はかなり数が少なかったという。これがいつのころからか、日本中どこにいってもお地蔵さんにお目に掛かれないところはないほど多くのお地蔵さんが見られるようになる。しかも、よだれ掛けや前掛けをした親しみやすい姿のものが多い。
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| 赤い頭巾を被り子供を抱いた大型の地蔵。供物を入れるためだろうか足もとには箱が置かれている |
この地蔵普及は、平安後期以降の混乱の時代にあって、来世の平安を願わなければ一日たりとも生きてはいけない庶民階層の中で、救いを託す身近な仏像として、大きな位置を占めていったのだろうと思われる。難しい経典を学んだり、苦しい修行をすることなく、ただひたすら念仏を唱えれば、極楽往生できる、と説いた法然の教えが一気に拡大するのと軌を一にしているのではないだろうか。
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| 祈りが書かれた前掛けをした小柄な地蔵がならんでいる |
地獄で助けてくれる地蔵は、現世でもいろいろ助けてくれるという設定も、地蔵経典には含まれているそうだ。なにかにつけて、難しいことは抜きにして、地蔵を造り、供え物をして手を合わせることが、多くの人の救いとなっていくのは釈迦も承知のうえ、といっていいのかもしれない。この地蔵信仰に、古くから日本人が無意識のうちに心の支えとしてきた祈りと、各地の道祖神信仰や、石を積み上げることに祈りをこめる民間信仰が組み合わさっていく。
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| やや物思いに沈んだ哲学的表情の地蔵 |
人々の祈りが形となったもののほとんどが賽の河原にはある。さまざまな風貌をしたお地蔵さんの数々であり、無数の石積みであり、林立する卒塔婆や石塔、仏像を安置する堂宇である。稲穂岬という開放的な空間に、これがじつによく似合う。恐ろしい地獄絵を思い浮かべたり、鬼に虐待される亡き子を救うために必死に石を積むというよりも、もっと大きなものに無心に祈ることによって、亡き人も在る人も救われる、そんな穏やかな気配が、ここ「奥尻稲穂の賽の河原」には満ちているのである。お地蔵さんたちの顔も姿も、そんな安らぎにあふれているように見えた。
多くの早世した子供たち、水難犠牲者や地震で命を失った方々に心から哀悼の意を表し、その霊の平安を願って祈りを捧げずにはいられない。
お地蔵さん5体をご覧ください。
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