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ゆっくりと島巡り 案内人 船木文宏

奥尻島(4)  text & photo Fumihiro Funaki 2007年11月1日更新
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鎮魂の場であり、島随一のキャンプ場でもある稲穂岬

稲穂の由来、そして稲穂小学校閉校

日本海の北に向かって細く張り出した形の稲穂岬には、北海道南部5大霊場の一つとして知られる、「賽の河原」と、島でもいちばんの設備を誇る「賽の河原公園キャンプ場」がある。霊場とキャンプ場の同居(!!)、これはかなり珍しい組み合わせではないだろうか。

道南5大霊場が何かについては、いろいろな説があるようだが、1937(昭和7)年、函館新聞が主催した読者投票の結果による次の5ヵ所というのが現在の定説のようだ。それによると、第1位・大成町「太田山神社」、第2位・奥尻町「賽の河原」、第3位・瀬棚町「樞(シナ)の木地蔵」、第4位・八雲町「門昌庵」、第5位・江差町「笹山稲荷神社」となっている。

小さな岩礁がいくつも浮かぶ稲穂岬西側の海。海岸には積まれた石が無数にある

さて次は地名の「稲穂」だが、この文字を見れば誰もが豊かな稲の実りを思い浮かべる。しかしじつは、稲とはまったく関係がない。奥尻島は北海道の離島で稲作が行なわれている唯一の島だが、それは南部地域であり、この海に両側から迫られた北の岬では稲作は不可能だ。「稲穂=いなほ」は「稲」ではなく、アイヌの言葉「イナウ」に由来するのだという。「イナウ」は神への捧げものだが、ここではおそらく日本の「幣(ぬさ)」にあたるもので、木製の塔婆のようなものではなかったかと想像されている。アイヌの人々はこれを海岸に立て、彼らの神に安全と豊漁を祈ったのだろう。

岩礁で羽を休める海鳥。天候に恵まれれば実に穏やかな海だ
「賽の河原」は公園でもあり、キャンプ場でもある。炊事の施設や駐車場、土俵などもある

島の最北端部の稲穂岬は北海道南西沖地震の震源地にもっとも近く、津波の到達もいちばん早かった。被害は甚大で、17名の命が失われ、多くの家屋があるものは破壊され、あるものは流された。賽の河原の石積みも地蔵も無残に倒された。そして、稲穂小学校も校舎、教員住宅が全壊した。しかし幸いにも、児童に犠牲者はなく全員無事だった。

ところでこの稲穂小学校だが、せっかく再建されたのだが、2003(平成15)年3月17日に閉校となったのである。今回の奥尻訪問ではそれに気づかず、帰京してから調べて初めて知った。奥尻町の資料を要約すると、


……(震災時点で稲穂小学校の)児童数は10名になっていて、再建か統合かで、存続が危ぶまれたが、当時の芳賀校長はじめ地域の人々、関係機関の熱意と努力によってなんとか再建され、翌1994(平成6)年には新校舎が完成し、落成式と百周年の記念式典が盛大に行なわれた。前途は明るいものに思われたが、その後児童数はさらに減り、2000(平成12)年にはついに新入生もなくなり、2年生2名、4、6年生各1名の計4名となってしまった。ついにやむなく再建から10年を待たずに、稲穂小学校は閉校となった。……


多くの離島が人口減少に悩んでいるが、奥尻ではこれに地震災害が加わり、島を離れる人も増えて、こういう事態に陥ったのだろう。震災2年後の1995年秋に何度か目の奥尻島訪問をした本木修次(もときしゅうじ、1926年生まれの島旅人)氏は、『だから離島へ行こう〜ニッポンの秘島めぐり2』(ハート出版刊)にこう書かれている。


……前の慰霊の旅から丸2年、今度は立ち上がる復興の奥尻を実感する旅であった。(中略)そしてもっとも復興を象徴していたのが、地域のシンボル稲穂小学校のスマートな校舎が出来上がり、子どもたちのかん高い歓声がきこえることだった。児童10名の学校は小さいが、トンガリ帽子のようなタワーが大津波がきた北の海を、そしてその恐ろしかった津波にのまれ、流されて還らぬ人々の霊を見守るようにたっている。……


稲穂小学校には、心温まる逸話が残されている。クラシックファンなら誰でも知っている、スタニスラフ・ブーニン、そう19歳で1985年第11回ショパンコンクールで優勝し現在も活躍している、あのピアニスト、ブーニンがこの稲穂小学校にピアノを寄贈しているのだ。そのピアノは新校舎完成後の2000年4月に搬入され、ブーニンは同年8月に同校を訪れ演奏を披露したという。閉校はその3年後である…。

帰京後、奥尻町教育委員会に確認すると、ブーニンから寄贈されたピアノは現在、宮津小学校(5学級、児童数42名)に移され、エントランスに置かれて元気に活躍しているそうだ。

 
「道南霊場 賽の河原」の石塔。ここにも小さな石が積まれている   塔婆が並ぶ「菩提林」

賽の河原公園キャンプ場:奥尻町公式ホームページ
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