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ゆっくりと島巡り 案内人 船木文宏

奥尻島(1)  text & photo Fumihiro Funaki 2007年9月19日更新
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プロローグ:真夏の陽射しを浴びて奥尻島へ

奥尻港到着、地震を記念する大壁画と奇岩

港に近づくと、山肌にカラフルな人工物が張り付いているのが見える
港の前の観音山に描かれた、北海道南西沖地震復興記念大壁画「SUMOON(サムーン)」

瀬棚港からの奥尻島航路は、1時間ほどほぼまっすぐ南南西に進み、前頁の写真にある島北端部の稲穂岬を見て、大きく左に曲がって島の東側(北海道側)の海岸を見ながらさらに南下する。このあたりから入港まで、およそ30分の航海終盤が島旅の大きな楽しみの一つだ。樹木の緑が精妙な色合いを見せる山肌を目にしながら進むと、船がグンと速度を落として入港体勢に入る。防波堤やターミナルビルなどの港の施設が見えてくると、出発時とはまた違った興奮に胸が高鳴る。

奥尻港に近づくと、港正面あたりと思える山肌に、何か人工的な壁画か巨大看板のようなものが見えてくる。あらかじめこれが何かを知らなければ、かなり妙な光景に感じるだろう。実はこれは、港前の観音山に描かれた、北海道南西沖地震の復興記念大壁画「SUMOON(サムーン)」なのである。入港して間近に見上げるとタテヨコ40mの大きさに圧倒される。

北海道南西沖地震がこの島を襲ったのは、まだ多くの人の記憶に新しいと思うが、1993(平成5)年7月12日午前10時17分のことであった。地震の規模はマグニチュード7.8。地震とともに発生した大津波による被害は甚大だった。港の記念碑にはこう書かれている。

…… 全国から寄せられた温かい励ましは、復興の大いなる力となりました。そして、緑豊かだった観音山が大崩落した跡地に、復興のシンボルとなる大壁画を設置することになりました。全国から応募された129作品の中から、中山由華理さんの「SUMOON」が図案に選ばれました。奥尻島の未来のために、太陽と月、鍋釣岩、青い海が鮮やかな色彩で表現されています。

あの日を忘れず、より良き明日へ、ひかり輝く未来へ・・・ 奥尻町 ……

奥尻島のシンボル「鍋釣岩
奥尻港のターミナルビル。黄色いマスコットは「うにまるくん」

船が着岸して、タラップが取り付けられ、外に出られるようになるまでには少し時間がある。船内の出口には今や遅しと乗客が並ぶ。身を乗り出して港を眺める。ターミナルビルには歓迎の垂れ幕がさがり、奥尻島のマスコット「うにまるくん」が置いてある。到着したときは置物だけだったが、帰りには縫いぐるみの「うにまるくん」がいて愛敬を振りまいていた。

やっと港に下りて地面を確かめるように踏みしめ、左を何気なく見やると、奇妙な形の岩が見える。ヤカンのツルのような、真ん中が大きく空いた、というか、粘土細工で造った馬蹄のような形だ。これが実は、奥尻島のシンボルともいわれる「鍋釣岩(なべつるいわ)」である。鍋の取っ手のような形に侵食されているので、こう呼ばれる。夜間にはライトアップされるそうだが、今回は残念ながら夜の姿は見られなかった。

奥尻町の資料によると、この岩の本体は約500〜200万年前の鮮新世という地層の安山岩で、高さは19.5m、周囲101m。日本海の荒波と厳しい風が、気の遠くなるほど長い年月にわたって刻んだ、「芸術作品」である。岩の上部右に生えている小さな木は「ヒロハヘビノボラズ」だそうだ。

写真をよく見ていただくと分かるのだが、上部左肩の部分が少し他とは違って見える。この部分は、大地震で壊れ修理した跡だという。全崩壊しなくて本当によかった。

港から南へ徒歩数分の距離に、この岩をじっくりと観察できる展望台がある。そこから真下の海をのぞくと、きれいに澄んでいて、海底の岩に小さな黒い球体が無数に散らばっているのが見える。これが、なんとみんな「ウニ」なのであった。

「鍋釣岩」付近の海。透明で岩に張り付いたウニがたくさん見えた

奥尻町:公式ホームページ
奥尻島観光協会:公式ホームページ
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