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ゆっくりと島巡り 案内人 船木文宏
三宅島(2) (2006年6月21日) text & photo Fumihiro Funaki(Bon Vivant)
がんばれ三宅島 復興へのそれぞれの夢
三宅島の自然情報を知りたいなら、まずは「アカコッコ館」を訪れてみればいい
  島には、独自性が自然と生まれるものだ。
隔離されている場所では、生物の分布が本土(本州)と違ったり、固有種が生まれたりすることが多い。島は、生物が独自の進化を遂げたり、風や潮によって運ばれてきた意外な生物が棲息したり、とときには魅力ある自然を創りだす。三宅島も、例外ではない。
「バードアイランド」とも呼ばれる三宅島は、アカコッコやイイジマムシクイなど伊豆諸島やとから列島でしか見られない鳥
が多く棲んでいる。ほかにも、本州とは体の大きさや羽根の色が違うオーストンヤマガラなどの亜種も多い。
そして、鳥密度の濃いこの島では、鳥との距離が近いのだ。森を歩いていると、すぐ目の前で遭遇、という出会いがある。
そして、なによりうれしいのは、野鳥に関する数々の展示物や資料、フィールドスコープを設置した観察スペースのある「アカコッコ館」があることだ。日本野鳥の会のレンジャーが常駐し、バードウォッチング初心者にもわかりやすい
「アカコッコ館」の専門は鳥だけではない。三宅島への理解を深めることができる

1952年に三宅島へ来て以来、すっかり三宅ファンとなり、海水魚の研究、自然保護や自然教育、エコツーリズムの導入など大いに三宅島に影響を与えたジャック・T・モイヤー博士。「アカコッコ館」には、博士の功績をたたえた展示がある
よう、いろんなことを親切に教えてくれる。 この「アカコッコ館」のまわりは静かな森に囲まれているので、一歩外へ出れば、そこがバードサンクチュアリだ。ビノキュラー(双眼鏡)の無料貸し出しもあるので、ひとつ首からぶら下げていくだけで、森の散歩が楽しい。
また、「アカコッコ館」を活動拠点として、三宅島の自然の姿を発信しているブログ「みやけエコネット」は、リアルタイムの三宅島を知ることができる。そして、ポッドキャスティングを活用した動画も配信している。三宅島の自然の魅力をダウンロードすれば、持ち歩くことができるのだ。

約2000年前の火山爆発によってできた火口湖、大路池(たいろいけ)。照葉樹林に囲まれ鳥の楽園でもある。「アカコッコ館」のすぐそばにある
大路池畔には、椎の大木が。密林に迷い込んでもこの大木を目標にすれば迷子にならない、と「迷子椎」と呼ばれている
 2000年の噴火、そして4年半におよんだ避難勧告により、島のいくつもの産業が失われてしまった。
しかし、すぐに復旧、フル回転でがんばっている人もいる。
島で唯一といわれるお菓子屋さんの「岡太楼本舗」の平松さんは、帰島後すぐに営業を再開した。45年つづく名物「牛乳せんべい」を、焼きはじめたのだ。
バターの香りが漂う工房を覗いてみたら、焼きたて熱々のせんべいを手渡してくれた。牛乳、バター、小麦粉、卵、砂糖で作られたシンプルな
のんびりとせんべいを焼く「岡太楼本舗」平松さん。以前は牛乳も島産のものを使っていたが、噴火で牧場がなくなってしまい、いまでは島外のものを使っている。お店を覗けば、できたての熱々をわけてくれるよ
味が、まるで牛乳せんべいを焼いている平松さんの人柄を表しているようだ。口のなかには、懐かしい味が広がった。

 「岡太楼本舗」の数軒となりには、くさやを製造販売している「清漁水産」がある。ここもまた帰島からすぐに営業を再開した。
避難勧告のあと、2年9か月のブランクを経て、ご近所の島、新島で営業を再開した。そして、帰島後、三宅島での営業を再開したのだ。
くさやは、ムロアジやトビウオなどを「くさや液」につけ込み、よくなじませ、洗浄、乾燥、という工程でできあがる。
この「くさや液」が、なんたってくせ者なのだ。江戸時代以前、はじめは塩水につけて魚を干していただけだったが、塩は庶民にとっては高価だったので、塩水を使い回しながら干物を作っていたところ、その液に魚の成分などが蓄積し、さらに微生物などが作用することで、発酵した「くさや液」のもとになるものができたといわれている。
「くさや液」は代々受け継がれたものに、塩がたされ、オリジナルとなっていく。製造者は、この液が家宝なのだ。噴火で「くさや液」の多くを失ってしまった「清漁水産」の青山さんは、なんとか営業を再開したいと思ったとき、新島村と新島水産加工業協同組合が全面的に協力してくれたのが、なによりもうれしかった、という。新島で「くさや液」をわけてもらうことができたのだ。

「清漁水産」で、くさやを購入。しかし、都会暮らしでは隣近所の手前、なかなか焼くこともままならない
左が青山さん。ここにしかないシイラのくさやも作っている
火ノ山峠の近くにあるレストラン「ドルフィン」。海を眺めながらおすすめの「アシタバ・パスタ」を食べる。新しい三宅島名物、となるか
 島民が一丸となって復興への道を歩く三宅島だが、地元の商工業者6社で発足させた「三宅島産業再生研究会」は、民間主導で島の経済再生と雇用創出に取り組んでいる。
その「三宅島産業再生研究会」の一押しは、島の焼酎「雄山一(おやまいち)」の復活だ。三宅島産のサツマイモと米麹を使い、島内の酒造会社が1927年から生産していたが、後継者がいなくなり、1997年に製造が中止された。その幻の島焼酎「雄山一」を復活させようと、鹿児島県酒造組合と提携して動きはじめている。
 やせた火山性土壌の三宅島に育つ作物といえば、かつてはサツマイモかサトイモだけだった。昔からサツマイモ作りは、三宅島の主要作物だったのだ。お年寄りたちは、イモのおかげで命をつないだ、という人もいるくらいだ。
「サツマイモのようにたくましく、『雄山一』を再びよみがえる三宅島のシンボルにしたい」と、「三宅島産業再生研究会」の深澤文夫事務局長は、そんなふうにいう。
ぜひ、うまい焼酎を復活させてもらいたいものだ。そしてそのときは、すぐに三宅島へ出かけなければならない。もちろん、乾杯をするために。
「三宅島産業再生研究会」の深澤文夫事務局長(左)から、三宅島再生の夢を聞く

牧場で大声をあげた強そうな牛 「三宅島産業再生研究会」では、島外団体の協力を
得て釉薬(ゆうやく)に火山灰を使った陶器や、火山灰を原料に用いた江戸切子のグラスなど開発、販売している。「切子や陶器は火山の負の遺産の活用」と深澤さん

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