味が、まるで牛乳せんべいを焼いている平松さんの人柄を表しているようだ。口のなかには、懐かしい味が広がった。
「岡太楼本舗」の数軒となりには、くさやを製造販売している「清漁水産」がある。ここもまた帰島からすぐに営業を再開した。
避難勧告のあと、2年9か月のブランクを経て、ご近所の島、新島で営業を再開した。そして、帰島後、三宅島での営業を再開したのだ。
くさやは、ムロアジやトビウオなどを「くさや液」につけ込み、よくなじませ、洗浄、乾燥、という工程でできあがる。
この「くさや液」が、なんたってくせ者なのだ。江戸時代以前、はじめは塩水につけて魚を干していただけだったが、塩は庶民にとっては高価だったので、塩水を使い回しながら干物を作っていたところ、その液に魚の成分などが蓄積し、さらに微生物などが作用することで、発酵した「くさや液」のもとになるものができたといわれている。
「くさや液」は代々受け継がれたものに、塩がたされ、オリジナルとなっていく。製造者は、この液が家宝なのだ。噴火で「くさや液」の多くを失ってしまった「清漁水産」の青山さんは、なんとか営業を再開したいと思ったとき、新島村と新島水産加工業協同組合が全面的に協力してくれたのが、なによりもうれしかった、という。新島で「くさや液」をわけてもらうことができたのだ。
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