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ゆっくりと島巡り 案内人 船木文宏
三宅島(1) (2006年5月10日) text & photo Fumihiro Funaki(Bon Vivant)
がんばれ三宅島 再生へと歩きはじめた島

 東京から南南西へ180キロ、伊豆諸島のほぼ中央に三宅島はある。直径8キロほどの丸い島だ。
富士火山帯の南帯に属する火山島で、およそ3000年前に大規模な噴火が起こったといわれている。その後は、記録に残っている1085年の噴火までのあいだに10数回の噴火があったようだ。そして、昭和期には、1940年(昭和15年)、1962年(昭和37年)、1983年(昭和58年)に噴火があった。
さらに、2000年(平成12年)からはじまった噴火活動は、皮肉にも三宅島の名前を日本中、いや世界中にとどろかせるきっかけになってしまった。
それは6月26日の夜。火山活動は、なんの前触れもなくはじまったという。その後、避難勧告は解除されるが、火山活動が収束したわけではなく、地震は続き、7月にはついに山頂が噴火。そして、8月最大規模の噴火が起こり、島全体が灰に覆われた。9月1日は、「3日以内に島から避難するように」という避難指示が発令され、9月4日に全島民が島を去った。

服部屋敷入り口
高濃度地区ではほとんど木が枯れてしまったが、火山ガスに強い木が新たな息吹を吹き返してきた。噴火前には見られなかったシダの種類も繁茂をはじめた
展望台と島北東方面を望む絶景
1983年の噴火による溶岩流でつぶれてしまった阿古小中学校跡
  さらに追い打ちをかけるかのように、9月中旬からは、大量の火山ガス(二酸化硫黄)の放出がはじまり、12月には1日2〜5万トンという世界的にもまれな量の火山ガスの放出が確認される。こうして、4年半ものあいだ、人を寄せつけない島となってしまったのだ。
昨年(2005年)2月、ようやく避難指示が解除され、島民が戻ってきた。そして、観光客の受け入れ態勢も、だんだんと整ってきた。
 「あのときは、もう世の終わりかと思ったよ。わたしゃ、もう金輪際ビールが飲めなくなるんじゃないかと、すぐさまビールのお代わりをしたさ」
大噴火のあった夜のことを、ひとりのおばさんが茶化す。だいぶ、島も島民も元気になってきた、という証しでもある。
しかし、そのときの状況は、実際のところ、かなりひどかったようだ。微震がつづくことで、目に見えず体調をくずす人も多かった。また、避難指示の発令からわずか3日で島
牧場で大声をあげた強そうな牛
1983年の溶岩流で、約400戸の民家が埋没した阿古集落
を出ないとだめだったうえに、まさかその後、4年以上も戻れないとはだれ思っていなかった。そして戻ってきたときには、火山ガスや酸性雨で樹木は枯れ、家屋の金属部分はほとんど腐っていた。
島へ帰ってきて、約1年。島の人たちは復興に何度もくじけそうになりながらも、明るく振る舞うことで、日々を乗り越えている。
牧場で大声をあげた強そうな牛
ベンチかと思ったら椎取(しいとり)神社の鳥居であった。2000年の泥流により、この地域一帯が埋没した
  三宅島は、火山島という事実を体感できる場所だ。まだまだ立ち入り禁止区域はあるし、危険区域も広い。また高濃度地区は、必要最低限の通過のみで、自動車で通過する場合は、窓を閉め切り、エアコンを内気循環にして、という注意がある。そして、ガスマスク常時携帯が義務づけられており、注意報・警報が発令されたときは、屋外にいるときはすぐに装着するように、といわれた。
火山島博物館といわれる様子は、目にもはっきり映る。熔岩が流れた山肌。熔岩に押しつぶされた小中学校。泥流に埋もれてしまった神社。また、火山灰や火山ガスにより、多くの樹木が枯死した。それは、枯れ木も山のにぎわい、という言葉はとても使えない重たい風景である。

 そして、島中央にある雄山では、山頂部のカルデラで大規模な陥没が起こったようだ。
6年ほど前、僕はこの雄山を歩いたことがある。山頂部は平らで、両腕両脚を思いっきり広げてあくびがしたくなるような、広々とした草原だった。立ち入り禁止が解けたなら、すぐにでも出向いていくつもりだ。
島では、西側と北側にかけて、そして南側、南東側では、噴火前と変わらない緑と自然が残っている。そして、噴火によって変わってしまった地域は、新しい自然が芽生えはじめた、という。
牧場で大声をあげた強そうな牛
建物も埋もれてしまった椎取神社であるが、そのまわりには新たな緑が芽生えはじめた

牧場で大声をあげた強そうな牛
ガスマスク常時携帯の島である
  ずっと前からの自然、噴火によって生まれた景観、進行中の火山活動、回復しはじめた森林。2000年の噴火前には見かけなかった植物や昆虫なども確認されている。
転がりつづける三宅島なのだ。

※がんばれ三宅島/魚釣り編は「もういちどビーパル」の
「おとなのずる休み」を見てください。
※三宅島釣魚の料理は「いつでもボンビバン」の
  「はじめようおやじ流手料理」を見てください。

三宅島マップ

服部屋敷入り口
枯れた木の帯を見ると、火山ガスの流れがはっきりとわかるようだ

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