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さて今回はツアーではなく、二人のブラリ旅である。例によって宿だけは予約してあるが、それ以外には何の計画もない。成り行き任せが楽しいのである。ターミナルビルでバスの時刻表をチェックしていると、「元町方面に行かれる方、もういませんかあ? 間もなく発車しますよ〜」という声がする。行き先別に何台かバスが停まっていて、乗客誘導員が案内をしているのだ。こういう時は最初に聞こえたほうを選ぶ、という定理(?)にしたがって、元町港行きのバスに乗り込んだ。
先客は東京から帰ってきた島人らしい人が数人、旅行者が数人。島の人は一人ずつそれぞれの停留所でおり、旅人のうち4人は東京に帰るのか、さらに他の島に行くのか大島空港で降りた。残りは若い夫婦が1組と私たちの4人だけとなった。「次は元町港」というアナウンスで、降りようとすると運転手さんが、
「御神火温泉まで行きますよ。今から温泉に入れます。入浴チケットとバス代を一緒にすると割引になります」
というので、ブラリ旅では土地の信頼できそうな人の助言は素直にきく、という第2の定理にしたがって、終点まで行くことにした。若者夫婦は元町港で降りた。奥さんは信念の強そうな美形であった。
「顔はともかく、あちらもブラリ旅かしらね」
「う〜ん、失楽園の最後の旅って感じはしないねえ」
「あんなバカバカしい小説はないっていってるくせに、ここでそのセリフは減点ね」
「ハイハイ、反省します。それにしても、御神火温泉なんていつ出来たんだろう?」
「私に聞かれても困るけど、前回来た時にはなかったの?」
「なかったはずだなあ」
ブラリ旅ではあまり下調べをしないのが第3の定理なので、例によって東京に戻ってから調べた。御神火温泉は正式には「愛らんどセンター御神火温泉」という。1997年8月25日に着工し、99年4月8日に落成式が行なわれ、翌9日にオープンした。地上1階地下1階、1,998平方メートル。総事業費15億383万円。

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| 愛らんどセンター御神火温泉 |
早速入館。内部は天井が高くゆったりとしている。エントランスで靴を脱いで入るとすぐ目の前がフロントで、この朝は笑顔いっぱいの女性が何かと親切に対応してくれた。フロント左手奥に男湯があり、右手に畳敷の休憩用大広間、喫茶軽食コーナーなどが続き、女湯はさらにその奥にある。早朝6時到着の船で来た人には大変便利な施設だ。
早速、風呂に入る。清潔感にあふれたいい風呂だ。しかも、全身浴、ハーブ湯、打たせ湯、ジャグジー、水ぶろ、寝湯、高温サウナなどを備える充実ぶり。大型連休前の日曜日早朝とあって、客は少ない。男湯は私のほかには2人だけ。しかも、その2人がサウナに入っているので、浴室は独占状態。水風呂以外のすべてを堪能した。船旅の疲れにジャグジーと打たせ湯はよく効いて、すっかり若返ったような気分になった。
普段は午前9時から午後9時までの営業だが、東京発の深夜便が早朝に入港する日は、午前6時30分から始まる。旅館やホテルのチェックインはほとんどが午後2時過ぎなので、早朝到着便で来る人は大助かりである。というか、この存在を知ったからには、早朝ここに入ることを必ず旅程に組み込みたい、そう感じさせるほどいい温泉だ。いつもはカラスの行水的チョイの間入浴が好みだが、珍しくこの日は連れ合いより長風呂になってしまったぐらいである。
朝食は喫茶軽食コーナーでトーストのセット。半熟のフライドエッグと、真面目にいれたコーヒーがうまい。旅先でうまいコーヒーにはなかなかありつけないが、ここはその点でも合格だ。ところで、このコーナーの後ろが総ガラス張りになっていて、その向こうに25メートルプールがある。ガラス越しに覗いてみると、きれいなプールだ。しかし、まだ7時前のせいか女性が1人いるだけだった。
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| 御神火温泉の25メートルプール |
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| 元町浜の湯の入り口。混浴の露天風呂だが水着着用がルール |
その女性は競泳用のように見える地味な濃紺の水着に、同じ色のスイミングキャップをして、水中ウォーキングをしていた。実に正確な速度で姿勢ただしく何度も往復する。正しい指導を受けて訓練を重ねた人だけが見せる美しい姿に、思わず見ほれてしまった。食事をしながら時々見ると、依然として歩いている。恐らくこちらが入浴する前から歩いているのだろうから、もう相当長い時間歩いていることになる。次に見ると、今度は背泳を始めている。これがまた実にゆっくりと優雅な泳ぎぶりだ。連れ合いも毎週土曜日に指導員つきの水泳をしているので、歩く姿も泳ぎもきれいだ、と感心している。写真で紹介したいところだが、許可がもらえそうもないと判断して諦めた。誰もいないプールの写真でガマンしてください。後で受付の女性に訊くと、彼女は土地の人でしばらく前から毎日のように来館しているという。さあ、私たちも見習ってしっかり運動しよう、と誓い合ったのであった。
食事が終わり、ふと廊下側のテーブルを見ると、若い女性が1人ノートを広げている。ボールペンをもった右手を頬にあて、遠くをみるような雰囲気で何かを考え、時々ノートにペンを走らせている。プールの女性ばかり気にしていたので、彼女がいつからそこにいたのか、まったく気づかなかった。連れ合いに目で合図をすると、
「あら、あの方、元町港で降りたご夫婦の奥さんよ」
と、小声でいう。間違いない、たしかにあの若夫婦の奥さんだ。ご主人は風呂にでも行っているのだろうか。これは縁がありそうだ、また島のどこかで出会うかもしれない。話しかけようと思ったが、若い二人なので、とりあえずここは遠慮をした。軽く会釈を交わして外に出た。本当に縁があればまたすぐに会えるだろう。
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