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ゆっくりと島巡り 案内人 船木文宏

壱岐島(10)  text & photo Fumihiro Funaki 2008年2月21日更新
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壱岐最高峰岳ノ辻で見る壱岐の全体像、そして郷ノ浦から対島へ

岳の辻展望台と周辺の光景

岳ノ辻の展望台。木製で自然を損なわない簡素な設計。息を飲み込むような壱岐とその周辺の光景が眼前に広がる

唐津港と印通寺(いんどうじ)を結ぶフェリー「あずさ」から見た、近づく壱岐の島の姿は、「浅い大皿をひっくり返したような形」だと形容した(第1回「歴史の島壱岐へ〜北の“海の道”を思う」)。お隣りの対馬には高い山が連なっているが、壱岐でいちばん高い山は「岳ノ辻(たけのつじ)」で、標高わずかに212.8メートル。遠く離れて海から見ると、穏やかな緑灰色のスープ皿を逆にしたように見えるのだ。

壱岐焼酎協業組合で名酒を堪能した大半の乗客は、ほろ酔い気分で眠りに誘われかけている。試飲というのは、1銘柄あたりの量はわずかだが、種類が多いと知らず知らずに結構な量を飲んでしまうものだ。しかし窓外に広がる緑の台地を、焦点の定まらない目でぼんやりと眺めていると、バスは緩やかな坂道を登って、眠りに沈む間もなく壱岐最高峰の「岳ノ辻」に到着した。山に登るという言葉が大仰に感じるほど緩やかな勾配である。


展望台から見下ろした郷ノ浦方面

「素晴らしい眺めですねえ。ずいぶん遠くまで見えるわ。あっちは九州の山並かしら?」
「うん、昨日フェリーに乗った唐津、その北西の呼子がある東松浦半島、そしてその後方の佐賀の山並まで見えるそうだ、私の視力では無理だが」
「それに郷ノ浦大橋があんなにはっきりと見える。ここは展望台からだけじゃなくて、ちょっとあちこち歩き回ると、島の周囲360度が見渡せそうね」
「ところで、辻、だけど、壱岐の方言で山頂を意味するんだって。だからここが岳の辻」
「岳は山だから、山の山頂って意味になるの?」
「壱岐の山らしい山という意味で岳、その頂上ってことで岳ノ辻、かね。いずれにしても、ここから少し南にある久美ノ尾って山があってその頂上は久美ノ尾の辻というらしい」
「あら、じゃあ昨日行った原の辻遺跡の辻は? あそこは平野でしょ?」
「深江田原の台地のいちばん高いところ、って意味でしょう。とすると、辻は山だけじゃなくて、丘や高台にも使うんだね」

郷ノ浦港付近のクローズアップ

本欄第6回で紹介した司馬遼太郎の『街道をゆく13 壱岐・対馬の道』で、岳ノ辻は次のように書かれている。
「壱岐は、どこを歩いても風が野と段丘と林を吹きわたっている。大和路のように野の中にいきなりガソリンスタンドやドライブ・インが出現するというようなことはない。

岳ノ辻までのあいだ、かつての東国の防人が壱岐に駐屯させられたことを思ったが、かれらが見た景観と、いま私どもが見ているそれとさほどの違いがないのではないかと思われた。……(岳ノ辻には)粗末な無人の展望台があって、その粗末さがかえって自然をそこなうことをすくなくしていた。

台上にのぼって国見してみると、海にかこまれたこのわかめをひろげたような形の島が、海にむかって押し出すように、緑が広がっている。一面の緑に無数の濃い斑点があり、それはすべて森だった。森の多さにおどろいた。上代はその森ごとに神がいた。いまもこの島ほど古社の多い土地は全国でもめずらしいのではないか。」


緑豊かな壱岐の大地

なるほど、この高台からぐるりと見回すのを“国見する”と表現するところが司馬さんらしい。しかし、展望台は近年新たに遊歩道を含めて整備されたもので、写真で見られるとおり、“粗末”ではなく立派で、しかも自然を損なわないように十分に配慮されている。

ワカメを広げたような、という表現も司馬さん独特のものだ。壱岐を上から見た姿は一般的には、「亀のような形」といわれている。第7回で紹介した壱岐出身の郷土史研究家、中上史行さんも「亀」派だ。私は航空写真を見て、羽を大きく広げて飛ぶ蝶の姿に似ていると思った。

いずれにしても、中上さんがその著書で誇らしげに書かれているとおり、この日の壱岐の空は底抜けに明るく、海は青く澄み、砂浜は白く輝いていた。そして、壱岐のもっとも高い岳の辻から見ると、森の緑に覆われた柔らかな起伏の島が、玄界灘に浮かぶ孤島であることがまざまざと実感できる。この自然の造形の巧みさと雄大さには、ただただ息を飲むほかはない。


岳ノ辻:壱岐観光ナビ
岳ノ辻展望台からの光景:壱岐市立一支国博物館(仮称)の最新情報欄
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