| 「あら、ほんとによく出来ているわねえ」
と、連れ合いが感嘆の声をあげる。出来ているといっても、人間が作ったものではない。玄武岩が厳しい波と風によって長年浸食されて出来たもので、海面からの高さは45メートルほどある。それにしても、本物の猿のようだ。自然の巧まざる造形力には驚かざるを得ない。
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| 岩に絡んだ雑草がいい味を出している。鼻から眼窩、額、後頭部…実に見事な造形だ |
しかしこの猿、普段は山に隠れて見えないところにあったので、長く気づく人がなく、マスコミ関係の人によって、1964(昭和39)年に発見されたのだそうだ。1964年といえば東京オリンピックの年。オリンピックばかりに夢中にならず、俺の勇姿にも目を向けてくれよ、と猿は訴えたのかもしれない。ちょっと、むくれたような顔つきに見えるのは、長年気づかれなかった恨みからだろうか。以来、40余年。すっかり有名になった猿は、少し物思いに沈んでいるようにも見える。
かなりの巨体だが、いちばん猿らしく見えるのは、現在の駐車場になっている広場からで、ここから少し下って振り返ってみると、あら不思議、何の変哲もない、ただの岩にしか見えない。まるで、人工的なものではないよ、と自らの素性を証明しているようだ。
壱岐島誕生の神話によると、
「壱岐の国は生き島である。神様が海の中でこの島をお産みになったとき、流されてしまわないようにと八本の柱を立てて繋いだ。その柱は折れ残り、今も岩となって折柱(おればしら)といわれている」
とあり、その八本の柱のひとつが猿岩なのだそうだ。
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