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夕食では壱州牛、ウニ、サザエなど島の旬の食材と麦焼酎「壱岐っ娘(いきっこ)」を堪能した。「壱岐っ娘」のラベルには海を背景にして瞳のない女性の顔が描かれている。遥か遠くを見つめる淡い藍色の眼球と細い眉、額に垂れた黒髪、頭頂部の金色のヘアバンド、勾玉のような緑の耳飾りが、古代の巫女と現代のアジア系ファッションモデルが合体したような風貌で不思議な静寂を醸し出している。
「これはなかなかいける。爽やかでまろやかだが、きっちりと筋の通ったコクがある。でも、この女性は少し不機嫌そうに見えるね」
「もっと、品よく飲んでほしいっていってるんじゃない?」
「失礼な。これね、長岡さんてイラストレーターの作品でしょ。彼はアメリカ在住だからきっとファッションモデルを始終見てる、その影響だね。誰かがいってたけれど、モデルっていつも少し不機嫌な雰囲気の表情をしてるっていうじゃないの」(壱岐の麦焼酎については次回以降にあらためてご報告します)
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| 壱岐観光ホテルの窓から見下ろした郷ノ浦の夜(左)と朝 |
部屋に戻って窓から外を見ると、薄闇に白い郷ノ浦大橋が淡く浮かんでいる。街燈と停泊している漁船の小さなオレンジ色の明かりが美しい。窓を少し開けても、ほとんど物音が聞こえない静かな夜だ。視界から大橋と街燈の明かりを消し去れば、玄海灘に浮かぶ壱岐の小島の歴史の足音がひたひたと聞こえてくるような気がする。
翌朝5時ごろ窓から外を眺めると、深い山奥の湖のように穏やかな薄緑色の海が、目の前から郷ノ浦大橋を越えて遥か沖合いまで広がっている。ほんの川向こうといった距離の対岸には小高い丘が連なり、朝日を受けて優しい緑をたたえている。
朝の散歩は旅の決まりだ。軽く入浴を済ませ人気のないホテルのロビーを通り抜けて外へ出た。爽やかな空気だ。犬の散歩をするご婦人が近づいてきた。犬との出会いで一日が始まるなんて幸運だ。ところが、ご婦人がいう。
「お早うございます。ごめんなさい、この犬はものすごい臆病もので、怖いって感じたらすぐに噛みつくんです。飼い主でも何でも。気をつけてください。つい1ヵ月ほど前も、私の腕に噛みついて…」
可哀想な犬だ。きっと小さい頃に、ひどい仕打ちを受けたのだろう。深い心の傷が顔に出ている。おどおどした目つきと、引いた腰つきに哀れさが漂っている。時間さえあれば、救ってやれるのだが、旅先では仕方がない。頑張れよ、と声をかけて別れた。
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| ホテルから昭和橋方向の郷ノ浦繁華街 |
窓から見えた漁船を覗くが、昨夜からずっと停泊したままで人も荷も見えない。今日の漁はお休みだろうか。昭和橋に向かって進むと、浴衣姿でホテルに戻る数人の観光客とすれ違った。ニヤニヤしている。塞神社からの帰りらしい。まあ、想像はつくのだが、一応見物しておこうかと、昭和橋のたもとを右に折れて「ふれあい通り」に入る。突き当たりが塞神社で、すぐにそれとわかるシメ縄をつけた朱色のご神体が鳥居の左に見える。この神社の前から右の通りが「宮の通り」という飲食街になっているのも面白い。「ふれあい通り」の奥にご神体を丸見えにした「塞神社」があり、そこから右に飲食街の「宮の通り」、壱岐の人々はなかなかユーモア精神にあふれているようだ。
鳥居の左手前に立て札があり「塞神社由来」が記されている。一応礼を尽くして、書き写しておきましょう。
……生まれ、生き、そして土への回帰。永劫の輪廻の中で、人間はなお、生への執着から性に祈る。
神代の昔、天の石屋戸の裸踊りで知られる女神天宇受売命は、後に異形の男神猿田毘古神と結ばれ、猿女君として以来一対の神となった。元来猿田彦が庚神さまとなり防塞(疫神の防障道路主護)の神として信仰されたが、この他の神はいつ頃より祀られたか定かではない。
はっきりしているのは現在の田河深江字下ルに奉られていた塞神を、天保年間この地下ル町に奉遷宮して町の氏神としたことである。
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| 対岸の丘の工事中の斜面。丘の上には「金比羅公園」がある |
本殿には女石が祀られているが、これは女神猿女命をあらわし、昔から本町元居浦の八坂神社の男神は毎年祇園祭典に必ず来興し、神楽も奉納される。女神であることから良縁、安産、夫婦和合、性の病、子供の守護に霊験あらたかといわれているが、本来道の神であるため交通安全を祈る人も多く、明治初期までは壱岐の島に上陸した男たちは男根を女神に見せないと怪我をするといって、この塞神に一物の御照覧を願ったもので、近年は島以外の人の間でもとみに知られ、何を祈るか丑満時に女性の詣りが多い。……
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