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さて、バスは八幡半島の形をなぞるように南に下り西に向かう。左手に広がる八幡浦の穏やかな海が目に優しい。右手の陸側では“壱州牛”と呼ばれる黒毛和牛が草を食んでいる。松坂牛の元牛でもある壱岐の牛は、味がよく人気急上昇中だという。
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| 赤頭巾と赤い前掛けには寄進者の名前が書かれている |
ほどなく、八幡漁港近くでバスを降り、赤い頭巾を被って海に半身を埋めた姿で知られる「はらほげ地蔵」を見物する。
「“はらぼて”でも“はらぼけ”でもありませんよ、“はらほげ”です。壱岐では穴があくことを“ほげる”っていいます。お腹のところに穴があいたお地蔵さんですから、はらほげ地蔵というんです」
と、ガイドの小西さんがいう。はらほげ地蔵は、何度か場所を変えて今の場所に安置されたようだ。以前は陸上にも置かれたようだが、海に戻りたいというお告げがあった、とかで、現在の場所に移された。6体の地蔵は、地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天の六道において人を苦しみから救うという。
しかし、なぜこの地蔵が祀られたのかについては諸説があって、はっきりしない。移動させる時に掘り返した地中から、鯨の骨がたくさん出てきたので、鯨漁が盛んなころに鯨の霊を慰めるために祀った、という説が有力だが、海難で命を失った人の慰霊のため、遭難した海女の冥福を祈るため、などという説も捨てがたい。
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| 地蔵が見守る八幡漁港前の海 |
芦辺町教育委員会が建てた説明の看板にはこう書かれている。
「胸のところにまるい穴があるので、はらほげ地蔵と呼ばれている。干潮時には浜に降りて拝むが、満潮になると頭上まで隠れるので、胸に穴をあけて供物をあげたものだろう。…中略… 春秋彼岸明けと旧盆の15日には各戸参詣し、また旧10月24日には浦中行事として供養が行われ、浦中安泰海上安全大漁満足の祈願がされる。海中を好まれるというので、八幡漁港整備に当って現在地まで移動が行われた。<1989(平成元)年11月10日>」
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