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| 展示室手前の一支国王像 |
館内に入るとすぐ目に飛び込んでくるのが、2体の彫像である。一支国王と王妃とある。
「一支国(いきこく)」とあるのは、中国の史書「三国志」の魏志倭人伝と通称される(正確には、「魏書東夷伝倭人の条」という)部分にある、
「…又南渡一海千餘里名曰瀚海至一大國官亦曰卑狗副曰卑奴母離方可三百里多竹木叢林有三千許家差有田地耕田猶不足食亦南北市糴又渡…」
の「一大國」に由来する。「大」は「支」の誤記らしい。この一節の意味は、館内の資料によると、
「…それからまた南に一海を渡ること千余里で一支国に到着する。この海は瀚海と名づけられる。この国の大官は卑狗(ひこ)、次官は卑奴母離(ひなもり)という。広さ三百里平方ばかり。竹木・叢林が多く三千ばかりの家がある。ここはやや田地があるが、水田を耕しても食料には足らず、やはり南や北と交易して暮らしている…」
紀元後3世紀ごろと思われる日本を記した貴重な史料である。「一支国」は古事記にある大八島のうちの「伊伎島」とともに、現在の「壱岐、壱岐島」のことを指す。その一支(壱岐)の王国の中心地が、ここ原の辻であったろうと考えられているのである。
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| 展示室手前の一支国王妃像 |
さてこの王国の王と王妃は、いったいどんな人物であったろうか、と想像を逞しくして造られたのが展示館入口の彫像なのである。もちろん、身長、容貌、服装、装飾品などは当遺跡の出土品やこれまでの古代研究の成果に基づいている。実際の人物にどの程度近く仕上がっているかはともかく、この2像は弥生時代への親近感を巧みに演出している。特に美しい容姿の王妃は、見る者を遠く時空を超えたはるかな世界へと手招いているようだ。
像の足下の説明書きによると、王の着衣は、絹地に貝紫の縁取りがあしらわれ、右手首には原の辻遺跡から出土した有鉤銅釧(ゆうこうどうくしろ)がはめられ、腰に細形銅剣を帯び、革製の靴をはいている。身長165cmほど、40歳代の壮年男子と想定して造られている。貝紫については玉木女子短大教授・寺田貴子氏が指導されたそうだ。
王妃の着衣は絹地で、貝紫の帯を締めている。左右の手首に貝輪をはめているが、これはまだ原の辻遺跡では出土していない。結い上げた髪には木櫛がつけられている。王妃は20歳代の身長150cmほどの女性と想定して造られている。
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