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| 路上に停車し、乗客の帰りを待つバスと播磨ドライバー。少し風が出てきて寒くなってきた |
登龍峠の絶景を後にして、バスは曲がりくねった山道を三根地区へと下り、昼食会場へと向かった。車内には、軽い空腹感と美しい景色に見ほれた満足感が入り混じった、不思議な沈黙が支配し、播磨ドライバーも無言でハンドルを握っている。ほどなく大きな食堂と土産物屋を兼ねた会場に到着。午後のスタートは40分後。この間に昼食を済ませ、なるべくたくさん土産物をお買いください、という心であろうか。
細長いテーブルに、バスの乗客8人が向かい合って座った。こういう時の対応がなかなか難しい。親しくなりかかっているといっても、4人グループと2人連れが2組。どうしてもその間に垣根が出来てしまって、私と連れはいきおいご夫婦と親しく話すことになってしまう。テーブルには弁当が載っているが、中身はとりたてて説明する必要もない幕の内風。期待はしていなかったから失望はしない。向かい合ったご夫婦と自然に会話が滑り出す。
お二人は一昨日伊豆大島に泊まり、昨日午後のANA便で八丈島に向かった。大島からの便は14時20分発の一便のみである。八丈島上空に差し掛かると、天候のせいですぐには着陸できないので、少しお待ちくださいというアナウンスがあった。強風のせいらしい。しかし、風はなかなかおさまらず、ついに大島に戻ることになった。ところが大島上空も強風で着陸できない。やむなく羽田に戻るという。諦めかけていると、しばらくして八丈島の天候が回復したので、八丈島に戻ることになったという。どうなることかと思ったがやっと3時間以上遅れて着いたというのだ。
「うん、それが島の人のいう大敵“空港周辺の南風”なんですねえ。私たちは羽田を10時30分の便で出て、予定通り11時20分に着陸できました。やはり日ごろの心がけのせいですかねえ。晴れ男ですし、私」
連れはテーブルのしたで、思い切り足を蹴飛ばし、
「申し訳ありません。後先考えずに口走るタイプなもんですから、この人。悪気はありませんので、ほんとに」
「いえ、かまいませんよ、ハハハ。ほんとにそうかも知れません。だって、そちらが空港上空についたのは11時半近くですよね。それからわずか4時間ぐらいでガラッと変わってしまうんですから。旅はこれがあるから困りますね。でも、予定が狂うかもしれないって心配するのは、なんかこう不思議な高揚感がありまして…」
「何をいってるんですか。せっかく八丈島でおいしい魚を食べるつもりが、危うく東京に戻されかけたんですから、楽しくなんかありませんよ」
親しさがぐっと増したところで、正式に名乗りあって、私は名刺を渡した。Iさんは名刺を持ち合わせていなかったので、メモ用紙に丁寧に住所氏名電話番号を書いてくださった。大阪の方であった。
「そこそこの規模の会社に勤めておったんですが、昨年定年になりましてね。いろいろとお誘いがあって、中にはかなり心が動く仕事もあったんですが、残りの人生はゆっくりと旅をして過ごそうと決断しまして、再就職はみんなお断りしたんです」
なるほど、Iさんに泰然とした雰囲気を感じたのは、そういう事情があったからなのかもしれない。しかし、いうは易く行なうは難し。本人はそう決断しても、たいていは奥さんが反対する。現役のころから“亭主元気で留守がいい”と思ってるご夫人が多いそうだし、退職を記念して(?!)離婚なんてのも多いようだ。しかしI夫人は、
「私は楽天的なんでしょうか、最初は多少不安がないではなかったんですが、これから二人で一緒にいろんなところを歩けるのは、とてつもなく幸せなことだ、って思いましたねえ」
「う〜ん、実に素晴らしいですねえ。世の中の熟年夫婦の半分でもIさんのように考えたら、世の中どんなによくなるでしょう」
「あら、Fさんたちも同じじゃありませんの?」
「いえ、私はこの人の奥さんじゃなくて、妹ですから」
「あら、そうでしたの?」
「アハハ、いや〜、その、実は仕事の一部を妹に手伝ってもらってまして、今回も半分は秘書みたいな役割で連れてきたんです」
「あら、そうですか。あまり似てらっしゃらないから、ご兄妹には見えませんわね」
「いや〜どうも。妹は子供のときから可愛いっていわれて、私はただ勉強ができるだけで…」
テーブルの下でまた足蹴りを食らった。
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