おとなのたまり場 > いつでもbon vivant > ゆっくりと島巡り > 八丈島(7)
ゆっくりと島巡り 案内人 船木文宏
八丈島(7) 2006年6月21日更新 text&photo Fumihiro Funaki
島内一周観光バスに乗る(3) 登龍峠から見る、またしても絶景
 末吉地区といえば温泉だ。「みはらしの湯」は文字通り名古展望台からの絶景を見ながら温泉に浸かるという、この世のものならぬ至福を味わうことができる聖地だ。明日は必ずここに戻ってくると決意をして名古を後にした。
末吉小学校
末吉小学校。播磨ドライバーはここの卒業生
  バスが八丈島灯台のある「石積ケ鼻」という岬の形をなぞるように、右から左に大きくカーブすると左手に小学校が見えた。「末吉小学校」である。播磨ドライバーはここを卒業したそうだ。なかなか近代的な装いの立派な校舎だが、子供は毎年減っている。今年の新入生は3人ぐらいしかいないらしい。島に4校ある小学校は近く合併をして3校か2校になってしまうかもしれないともいわれている。自然豊かなこの島の小学校が生徒であふれるようにならなければ、日本の将来はないのではないかと思った。

「私は人口が減ることはあまり心配する必要はない、という考えだけれど、こういう八丈島のような自然環境に恵まれた地域に子供が集まるようになればいいと思うね」
「都会でさえ子供が減ってるんだから、島に子供が集まるなんて無理じゃないの?」
「今いる少ない子供がですね、都会からこっちの学校に転校すればいいんですよ」
「現実性のない夢想ね」
「アレルギー疾患のある子とか、いじめにあってる子、引きこもりになってる子なんかを積極的に受け入れるといいんだ。病気なんか、心の病気も含めてだね、ここに半年も暮らせば治るんじゃないかな。そして、成人になるまでこの大自然の中で暮らせば、きっと立派な人間ができるよ」
「そういうことができればいいわよね」
「おや、珍しく賛成してくれましたね。そもそも政府は考えが無さ過ぎるんだ。ほんのわずかの養育費を補助したって、誰も子供をたくさん生もうなんて思うわけがない。それに産婦人科や小児科の医師はどんどん減ってるそうじゃないか。根本的な策ってものがないし、何をどうすべきかがわかってない。いつも場当たりで、スズメの涙ほどの補助金を按配するしか能がないんだから」
「ハイハイ、お説ごもっとも。続きはまた後で聞いてあげますから、今は景色に集中したらいかが」
「播磨さんだってずっとここで育ったから、技術も人間性もすぐれたドライバーになったんだ。ああそれとさっき聞いたんだけど、ここのバスのドライバーは全員島の人なんだって。きっとみんな仕事熱心で島への愛情が豊かなんだろうね。いい話だねえ」
「ハイハイ。でも結構な曲がりくねりね。この山道でこれじゃ、車のない昔は大変だったでしょうね」

 八丈島の海の玄関である底土港から、空の玄関八丈島空港に続く三根地域と、末吉地域を結ぶ曲がりくねった山道は「登龍道路」という。間もなく到着する「登龍峠の案内板」によれば、
八丈島一周の都道の内、末吉と三根の間を登龍(のぼりょう)道路といい、その最高部辺が登龍峠で、晴天には遠く三宅島や御蔵島が望まれ、眼前には八丈富士と八丈小島、眼下には底土港、神湊(かみなと)港、空港や坂下市街地が一望のもとに眺められる
登龍峠の「登龍園地」
登龍峠の「登龍園地」。絶好のデートスポットでもある
八丈島随一の展望台である。昔は三根から末吉に行く時は、天に登る龍のようなつづら折りの急な坂を越えたので、登龍峠と呼ぶようになったという」
と、ある。
登龍園地からの眺望
登龍峠から北側の眺望を説明する図
  峠には「登龍園地」という展望台つきの小さな公園が作られている。案内板の説明そのままの景色を見下ろす、思わず息を飲み込んでしまうような絶景は、晴れても曇っても、あるいは小雨に煙っても、また、夜の暗い空に八丈富士と八丈小島のシルエットが仄かに浮かび、その裾に三根地区の市街地の灯りが散開星団のように瞬く夜景も、ここに立つ人の心に造物主への深い畏敬の念を刻まずにはおかないだろう。旅人の心を慰撫するだけではない、土地の若者の数少ないデートスポットでもあるという。
説明図とほぼ同じ眺望。人を沈黙に導く絶景である。左奥に八丈小島、その手前に八丈富士、そして眼下に見える入り江は底土港、その左に見えるのは三根地区の市街地、そして左奥には八丈島空港の滑走路が見える

「こんな話が伝わっているんだそうだ。その昔、三根地区の男と末吉の娘が恋に落ちた。通い婚の時代だから、男が峠を越えて娘の家に通ってくる。幸い娘の両親も若者を気に入ってくれた。ところが毎夜のように通ってきていた男が、三日三晩来ない。娘の心は不安に騒いだ。親は縁が無かったかと諦めかけた。娘は諦め切れなくて男の家に向かったそうだ。今も昔も、女の強さは変わらないんだねえ」
「そんなことはいいから、その先はどうなったの?」
「娘はわき目もふらず龍のような山道を登って行ったが、途中で雨が降り出した。雨脚が激しくなったので、大きな椎の木の下で雨宿りをした。夜になっても雨はやまない。一方、仕事で出られなかった男も同じ日に三根から山道を登っていた。しかし夜になり激しい雨で進めなくなったので大きな木の下で一夜を明かした。雨が上がった翌朝、二人は同じ木の下に互いの姿を発見して、ひしと抱き合ったという次第。二人は幸福な結婚生活を送ったとさ。めでたしめでたし」

「そんな話、どこで調べたの?」
「私は本と調べ事が大好きでして。伊川公司って人の『茄子の樹』(※)という本で知りました。八丈島の自然と歴史を書いたいい本だから君もぜひご一読ください。とにかく、そういう話を作りたくなるのはわかるよね、好きな人と抱き合いたくなりますよ、ここからの景色は」
「愛し合ってる若い人たちがここで寄り添っていたら、似合うでしょうね」
「すんません、年寄りで」

空路来島者1万人増キャンペーン、みごと達成
茄子の樹
(※)伊川公司著「八丈島の豊かな自然と民俗を歩く『茄子の樹』」B6判392ページ、2002年新風舎・刊
空路来島者1万人増キャンペーンのパンフレット
 ちょっとばかり話の順序が違ってしまったのだが、ぜひこのことに触れておかなくてはならない。空港に着いた時にもらった小さなパンフレットがあり、単なるお土産や旅館の宣伝物かと思って、すぐにはちゃんと見なかったのだが、これが実は
「10月から3月まで八丈島がお得です 2005 10/1〜2006 3/31 passport」という「空路来島者1万人増キャンペーン」の紹介をかねたサービスの案内だったのだ。
実は2005年10月1日から、「羽田−八丈島」路線の航空運賃が値下げされたのだが、この運賃は2006年3月31日までのもので、4月以降も継続するためには、前年比(2004年10月から2005年
3月までの有償搭乗者93,413人)の10%である9,342人を増やすことが条件となっていた。まあ、航空会社も営利団体だから仕方がないが、心温まる話ではない。私なら運輸省だか国土交通省だかよく知らないが、担当の役所に怒鳴り込むところである。 しかし、八丈島の人は健気にも、その条件を自分たちの手で達成しようと立ち上がった。

 各種イベントの実施や誘致対策、また島民からのアイディアの受け皿として、庁内に「+10,000人推進室」という事務局を設置して、全日空便利用者増に取り組んだのである。東京に帰ってから、私はそのことを完全に忘れていた。それが、6月12日の日本経済新聞朝刊の「Do it 街 self」というコラムの見出しに、「八丈島おこし実行委員会 高速通信網で観光に新風 空路利用者1万増やす」という文字が躍っていたのである。あわてて記事を読み、実行委員会のホームページにアクセスして、3月27日

「+10000人委員会」のホームページ。このページは間もなく閉鎖されるので、今のうちにご御覧ください。閉鎖以降の案内は八丈島の総合ポータルサイトへどうぞ
に目標の1万人増を達成したことを確認したのである。うかつでした。

 祝祝祝!!! 八丈島の皆さん、本当におめでとうございます。皆さんの熱烈な愛島精神と目標達成へのご努力に心から敬意を表します[ボンビバン一同]

 これを受けてANAでは割引運賃を今年9月まで継続する予定だと発表したそうだが、町長は出来るだけ早い機会に、値下げ期間をさらに継続することと、より利便性のある運航体制について交渉をするという。 原油価格の高騰もあり、全日空も決して楽ではないと思うが、ぜひ八丈島の人々の要望に応えていただきたい。また、東京都もオリンピックなんかに色気を出さず、この八丈島の問題、あるいはまた小笠原の高速艇運行の問題などを含む、離島振興対策にもっともっと真剣に取り組んで欲しいものだ。都民もそのためなら税金の出動にも理解を示すはずだ。

 目標達成を伝える日本経済新聞、
06年6月12日の記事

前のページへ戻る   次のページを読む
ゆっくりと島巡り|トップへ戻る八丈島トップへ戻る TOPへ