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ゆっくりと島巡り 案内人 船木文宏
八丈島(6) 2006年6月7日更新 text&photo Fumihiro Funaki
島内一周観光バスに乗る(2) 名古の展望台からの絶景、そして島酒を味わう
 八丈島は東京から南へおよそ200km、太平洋の大海原に浮かぶ瓢箪型の島だ。海からの風はかなり強い。海岸から石を運んで玉石垣のような塀を造ったのも、もともとは風対策の一つとして考えられたのだろう。海岸に近い斜面では、木々が上に高く伸びず、一様に首を山側に向かって折り曲げているところもある。農作物を作るのも、風対策なしには始まらない。八丈島で普通の乗用車やタクシーの窓からは畑らしいものがほとんど見えないのは、畑が無いのではなく、風除けの塀や背の高い植物に囲まれているからだ。バスの窓から見るとそれがよくわかる。
「老後はこんなところに住みたいなんて、離島や山間僻地に移住した人を紹介するテレビ番組があるでしょ、人生の楽園とか、なんとかって。あういうのを見ていていつも思うんだけど、大抵がいい気候の時の映像だけで構成してるでしょ。ほんとは同時に厳しい季節の様子も見せたほうがいいと思うなあ。八丈島だって台風がきたら相当荒れるんだからねえ」
「でもあんまり厳しい状態を見せたら住む気にならなくなるじゃない」
「しかし、いい時も悪い時も含めて、その土地気に入らなくちゃ住んでも長続きしないでしょ」
「テレビ番組にケチつけたってしょうがないじゃないの。移住したいって思う人はテレビなんか当てにしないわよ。あなたが心配しなくてもちゃんといろいろ調べるから大丈夫」
服部屋敷入り口
名古から小岩戸の鼻岬にかけての絶景

 バスは末吉地区向かって東に進み、ほどなく八丈八景の一つに数えられる「名古の展望台」に着いた。
「皆さん、ここは景色もいいですけど、おいしい焼酎がタダで飲めますよ。では、私がご案内しますから後に付いてきてください。展望台で身を乗り出して転落死した人もいますから、いやこれは冗談ですが、張り切り過ぎたり飲み過ぎたりしないでくださいね」
と播磨ドライバーがいう。末吉の洞輪沢(ボラワザワ)一帯を名古というのだそうだ。港は小さな漁港に過ぎないが、温泉が湧出し、滝があり、人家の周辺を清らかな水が取り巻き、仙郷ともいうべきところだ、と説明の看板に書かれている。
まさに、絶景……。眼下には、洞輪沢漁港から“小岩戸の鼻”という岬まで、海岸線が左から右にゆったりと逆S字を描いて湾曲し、左側には何ひとつ遮るものがない太平洋の大海原が広がる。岬のやや左手前方の海上には運がよければ青ヶ島が浮かんで見えるという。今日は残念ながら見えない。それにしても、この海の青さ。まだ2月上旬で、南国の海らしさは薄いというものの、本土の海では決して見ることの出来ない、紺碧……。その青さは見るものを吸い込むように誘っている。竜宮城伝説はこんな海を見た想像力豊かな青年が思いついたのかもしれない。
ここはまた月の美しいことでも知られている。特に秋の名月の素晴らしさは次のように詠われている。

 思うどち いざ見に行かん 
洞輪沢 波間を照らす 秋の夜の月
(詠人・菊池武真=きくちたけざね)

 冴え冴えと晴れ渡った秋の空に、少し青みを帯びて高く輝く月、その光が青黒い海面に光の帯となって浮かぶ。わずかに波があってその動きに合わせて光の帯がゆがみ、切れ、そしてまたつながる。海面を見下ろし静かに目を閉じればそんな光景が目に浮かぶようだ。

展望台と島北東方面を望む絶景
名古展望台から見下ろした洞輪沢漁港
牧場で大声をあげた強そうな牛
岩肌から水が湧き出す小さな滝
  展望台から見下ろす海も美しいが、身を乗り出すようにして、海岸線から急峻に立ち上がる絶壁を見ると、展望台よりやや下あたりの高さに小さな滝が見える。この地域には川がないので、地下水が湧き水となって岩の隙間から噴き出して流れ落ちているのだ。海を見下ろし振り向いて絶壁の滝を見つめる。あまりの美しさに我を忘れて体を何度も動かしていると、播磨ドライバーがいう転落死も、案外冗談ではないような気がしてくる。
「落ちたらアウトだけど、そういう終わり方もいいかもしれない、なんて気分になるね」
「なりませんよ、そんな気持ちには。私はまだまだ生きたいんだから」
 展望台のすぐそばに売店があり、入り口にボタンを押すと焼酎が出てくる蛇口のついた甕がある。情ケ嶋焼酎という麦焼酎だ。タダで飲める。この地域の清らかな水のおかげだろう、舌触りがまろやかで、喉越しは爽快だ。何杯でも飲めそうないい島酒だ。
「うん、ウマイ。どう、一杯」
「しあわせそうね。でも私は焼酎は飲めないからやめとく」
「せっかくのチャンスなのにねえ、もったいない。ここで飲んだら好きになるかもしれないから、思い切って飲んでみたら」
「思い切りません。思い切りたいことはもっと他にありますから」
「あっ、そうですか。失礼しました」
甕の上にはお触れ書スタイルの立て札があり、こう書かれている。
「名古のカメ酎 黒潮寄せる蒼い海原に囲まれた緑の島 美しい自然と古い歴史に育まれた 八丈焼酎 年中枯れることの
展望台と島北東方面を望む絶景
名古展望台の売店入り口にある無料で飲める焼酎

ない清水を誇りとしています。いつしか忘れられた一斗カメの古き良き時代 の八丈の島酒を蘇らせます。このカメ酎を酌み交し高らかに笑うと 長寿開運男女円満の道が開けると云う どうぞご自由にあがりやれ」

牧場で大声をあげた強そうな牛
八丈名物の植物といえばまず、明日葉。芽をとるとその翌日には新しい芽が出るという精力絶倫の植物
  売店には定番のお土産物が並んでいる。しかし、さすがの女性たちも、これまでにもうかなり買い物をしているせいもあり、ここではあまり意欲がわかないようだ。店の裏側の控え室のような部屋を覗くと、4人グループは少し疲れた様子でタバコを吸っていた。
「一杯飲んじゃったし、お昼も近いからちょっと休戦ね」
「腹が空いては戦はでき〜ぬ、だよネ」
「アハハ、ハハ」
どうやら疲れは大したことがなく、ただタバコが吸いたかっただけのようだ。いやはや日本の熟年女性は元気だ。若い女性も元気過ぎるほど元気。少子化による人口減少など心配には及ばない。もう何十年かすれば、人口増加が最大の問題だ、なんて議論されているかもしれない。なにしろ、二十年ほど前までは、人口抑制が課題だったんだから。ただ一つ気になるのは、二十年前に比べると若い男性の元気が足りないこと。あんまり母親や周りの女性が元気だから、精気を失っているのだろうか?
さて、昼食にはまだ少し時間がある。その前に八丈の代表的名所「登龍峠」を超えなければならない。

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