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ゆっくりと島巡り 案内人 船木文宏
八丈島(4) 2006年5月10日更新 text&photo Fumihiro Funaki
憧れの八丈富士から退散して、待望の“飲む&食う”
 急に曇って寒くなった八丈富士をそそくさと退散しなければならないのは心残りだった。
体調がよければ、7合目まで行ったのだから頂上まで登りたかったのだが、何とも体がいうことをきかない。車に逃げ込むと強張った体を室内の温かさがゆっくりと解してくれる。
「やあ、ありがたい。私は寒いのが苦手で。牛は大丈夫なんですかね?」
「あのぐらいは全然問題ありませんよ、立派な毛皮を着てるんですから」
「あなたは寒がり過ぎ」
「女性と一緒だったんで急に寒くなったのかもしれないな。ほら、八丈富士の神様は女性でヤキモチ焼だから、女性と一緒に山に入ると機嫌を損ねるっていわれてますもの、ね佐藤さん?」
「まあ、そういう話も伝わってますけど、神様が怒るほどの寒さじゃなかったなあ」
「ほら、ごらんなさい。減らず口をきかずにもっと体を鍛えなくちゃダメよ」

「ふるさと村」の庭から青い牧場内にある4本の風力発電機
下山途中に見えた八丈小島。雲間から漏れる夕日に輝いている
  という次第で、心を残しつつ下山。さて宿泊だが、今回は民宿ではなくホテル、2泊の予定なので1日目は島の東側、2日目は西側にしようとだけ決めて、事前に予約はしなかった。シーズンオフだから着いてからでも問題ないと思ったのである。しかし佐藤さんに、
「今はどこも空いてると思いますが、やっぱり突然行くんじゃなくて、近くからでもいいから電話をして予約の形をとった方がいいんじゃないですかね。突然フロントに現れたんでは、なんか変に思われるかもしれないですよ」
と忠告されたので、実は昼食の「みつ橋」から「八丈シーパークリゾート」に電話を入れたのである。
「夕食はいりません。今夜1泊と明日の朝食をお願いしたいんですが」
「はい、わかりました。少々お待ちください。お部屋はご用意できますので、お名前とご住所か連絡場所をお願いします」
「実はもう島に来てますので、連絡場所といっても…」
「もう着いておられるんですか、それじゃ携帯電話の番号でも結構です」
「それが、携帯はボーダフォンなんで、全然通じないんですが…」
「えっ、ああそうですか。少々お待ちください……。それじゃその番号でも結構ですのでお知らせください。お二人さま、ご一泊、朝食のみ、確かに承知いたしました」
「必ず行きますからね、ご心配なく」
不安を与えたようなので、念を押しておいた。夕食は「みつ橋」でするので、1泊と朝食だけなのだ。さて、佐藤さんをあまり遅くまで連れまわしては申し訳ない。もう4時間を超えている。少し早めだったが、4時半ごろホテルにチェックインした。
 部屋は海に面した洋室。まさにオーシャンビューである。30分前に八丈富士の7合目から見下ろした太平洋が、今度は目の前一杯に広がっている。あいにく雲が多いので海面の色は鈍く淀んだ感じで南国の海のイメージからは程遠い。ホテルの庭のシュロの枝が小刻みに揺れている程度の風があるが、波はほとんどなくあくまでも穏やかだ。明日はきっと七色に輝く南国の海になることを祈りながら、しばし時の経つのを忘れて墨絵のような海を見続けた。すると次第に優しい気持ちになってきた。最近は朝起きてから
展望台と島北東方面を望む絶景
第1日目の宿泊ホテル、八丈シーパークリゾートの部屋から見る太平洋の海原。あいにく夕刻の曇り空の下で、南国の海のイメージからは程遠く、今にも泣き出しそうな風情だった

寝るまで腹の立つことばかりだが、この静かな大きい海を眺めていると、明日からはどんなことにも腹を立てずに済みそうな気がしてくるのであった。
「何をいってるんだか。旅先ではいつもそんなこといってるけど、東京に戻ればすぐに腹を立ててるじゃないの」
連れのこんな憎まれ口にも、腹を立てず、ニッコリと微笑み返すことができた。旅は、たしかに人を成長させる!!
八丈島は、空港のある中央地帯から北側には温泉がない。したがってホテルの風呂も通常の湯だ。部屋の風呂も、大浴場も同じ。そこで、温泉はこれから先の楽しみにとっておき、今夜は何はと
もあれ「飲む&食う」に集中することにした。シャワーを浴びるように簡単に部屋の風呂を使い、タクシーを呼んでもらって、「みつ橋」に向かった。
運転手さんは話し好きで親切な人だった。
「老後は八丈島で暮らしたいって人が結構多いそうですね」
「多いってほどじゃないけど、私も今までに8人ぐらいお世話しましたよ。自分で島の中をいろいろ見て歩いて、気に入った場所があるとそこをすぐに買おうとする人がよくいるんだけれど、そういう人はあんまり長続きしないねえ」
「?」
「私はね、ここに移住したいって人には、もし気に入った場所が見つかったら、半年待ってもう一度見に来て、それでもそこが気に入っているなら買いなさいっていうんです」
「なあるほど。しかし、土地を買って家を建てるとなると、いくら八丈島でも結構な金額になるでしょうねえ」
「そりゃそうですが、東京に比べれば全然違いますでしょ。貸家っていうのもあって、お世話した方もあるんですが、結局は他人が建てたもんですからね、気に入るかどうかは難しいんです。お客さんももし八丈島にお住みになりたいなら、お手伝いしますよ」
「ハイ、その時はぜひよろしくお願いします」

牧場で大声をあげた強そうな牛
「みつ橋」で食べた室アジのくさや。臭いは強くない。表面がかりっとして中はほくほく。噛み締めていると舌に独特の漬け汁の味がじんわりと広がる
???   6時少し過ぎに「みつ橋」到着。女将の三橋さんが、
「いらっしゃいませ、お昼はありがとうございました。主人からお話聞きましたんでお待ちしてました」
と、迎えてくれた。なにか元気が出てくるような明るくて力強い声だ。何はともあれ焼酎である。三橋さんに相談すると、
「ウチの特製はいかがですか。麦と芋のブレンドで、それを甕に入れて3年寝かせたものですからね、きっと気に入ってくださると思いますよ」
いかがもどうもない。ぜひそれを飲みたい。ロックでと注文。連れは焼酎は飲めないタチで日本酒を適当に注文。島に来たのだから「島焼酎」にしなけりゃ意味ないと思うのだが悪酔いして管を巻かれれても困るから無理強いはしない。ツマミは連れの意見を聞きながら頼む。彼女は食べ物には結構うるさい。そして当然ながら選ぶのに時間がかかる。しかし大海原を見て成長した後なので、寛容の精神を楽々と発揮して、ゆったりと構えた。
「くさやはどうします?」
「そりゃもちろんいただきます」
「そうじゃなくて、室アジにするかトビ魚にするか?」
「ああ、はい。それではまず室アジ」
「お刺身はどうします」
「お任せします」
「自主性に欠けるわね」
と、他愛のない会話を交わすうちに、焼酎とお酒がきた。「みつ橋」オリジナルは、「……、う〜ん、……」という感じである。
「なに、それって? ウ・マ・イってことさ。いいものは人を沈黙に引き込む」
「あら、沈黙せずにそれを言葉にするのがあなたの哲学じゃななかったの?」
「まあ、いろいろあります。女将さん、いい味ですね。柔らかくて深い。おっとりしていて華やぎが裏打ちされてる。気に入りました」
八丈富士牧野ふれあい牧場
小粒でピリっとくる島唐辛子。袋に入れたのが土産物屋でも売っている
「ありがとうございます。なかなかいけるでしょ。それからお造りですけど、ワサビもいいんですが、お醤油にその唐辛子をちょいと潜らせて、それをつけて召し上がってみてください」
「これ、島唐辛子ですね。うん、これはいい。辛さが口から頭にサーっと駆け上る。爽やかな抜け具合ですね」
「なんか、いつも軽蔑してる料理番組のタレント口調になってるんじゃない?」
「よしてくださいよ、そういう人種と一緒にされるのがいちばん嫌いなんだから」
腹は立てない、女性と楽しく飲むには寛容の精神が不可欠だ。それにしてもこの島唐辛子、小柄で可愛らしいが実に辛い。それでいて味がある。「みつ橋」には島唐辛子の青いのを刻み込んで独自の味付けをした特製味噌があって、これもいい味だ。辛いものが好きなので、舐めながら焼酎を飲むと、体中に溜まった不純物が重さを失ってフワフワと消えていくような気がしてくる。
「そんなに気に入ってくださったのなら、これ少しですけどお持ちください」
女将さんはさすがである。いや、私の人徳だろうか。
「何バカいってるんですか。女将さん、ほんとによろしいんですか、この人ほんとに礼儀と遠慮がないもんで」
「アハハ、楽しいご夫婦ですね」
「いえ、私たち……」

「ふるさと村」の庭から青い牧場内にある4本の風力発電機
里芋の薄塩煮。カツオの塩辛「酒盗」をつけて食べると格別。酔いが回ったのかピントが合っていない
  私は間髪を入れずテーブルの下で連れの足をチョンと突き、咳払いをして「無駄口」を制した。
「明日は八丈小島側のホテルに泊るんですが、どこ
がよろしいでしょうか?」
と話題を逸らす。
「この室アジのくさや、臭いがきつくないですね、上品な味だ」
「八丈島のくさやは、あんまり臭くないんですよ。ほんとに好きな人は物足りないらしいんですけど、若い人にはこのぐらいがいいのかもしれないわね」
「じっくりと噛んでいると、くさやの独特の味が舌にじんわりと広がってくるね」
「ほんと、これ焼き方もさすがだわね。普通の家庭ではこうはいきませんよ」
八丈富士牧野ふれあい牧場
八丈名物、アシタバの天ぷら。健康に老化したいと願って注文したが、これもピントが外れてしまった
  ずうずうしく、お土産に買うお店まで紹介してもらった。4杯目のお代わりをしようとしたら、今度はこちらがテーブルの下で足を小突かれ、この世とも思われない怖い目でにらまれた。
お造り数種、里芋の薄塩煮つけ、アシタバの天ぷら、トビ魚の薩摩揚げ、酒盗(カツオの塩辛)、室アジのくさや、岩のり、島豆腐…。香ばしくて軽やか、爽やかさと豊饒さを兼ね備えた海山の食材、そして丹念な手の加わった料理を堪能した後は、星を見上げながら夜道を歩きたかったが、ロマンとは無縁の連れは平然と、
「曇ってるし疲れたから早く帰ろっ」
といってタクシーを頼んだ。
「夏のシーズンが終わったら、またきます。その時は女将さん、いい民宿を紹介してくださいね」
さあ、明日は楽しいバス旅行である。天気は、多分大丈夫だろう。

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