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ゆっくりと島巡り 案内人 船木文宏
八丈島(1) 2006年3月21日更新 text&photo Fumihiro Funaki
思い立ってふらりと行ける東京の島
雲海を超えて空路45分、八丈島へ

 子供が学校の帰りに何となく寄り道したくなるように、ある日突然どこかに行きたくなることがある。できればあまり遠くなく、それでいて日常とはまったく違った雰囲気のところがいい。静かな海辺の町がいいけれど、近くに川か湖があるなら山でもいい。その上温泉があれば申し分ない、なんて思っていると、本当に足が駅か空港に向かってしまいそうになる。

 そんな突発的野望を実現するなら、関東地域に住む人には、八丈島がお勧めだ。一人で行くのもいいし、恋人連れでもいい、もちろん夫婦仲良く出かけてもいい。シーズンオフなら、アクセスも宿泊もほとんど心配ない。あらかじめ何も準備しなくても大丈夫。思い立ったらそのまま羽田空港に行けばいい。八丈島行きは1日に4便、ジェット機が飛んでいる。

 直行便が7時45分発、10時30分発、16時10分発の3便。いずれもフライト時間は45分。もう1便は13時55分発で、これは大島経由。14時30分大島着、15時大島発、15時35分八丈島着だ(06年3月21日現在)。

 2月9日木曜日、10時半発の便に乗った。連れは…、秘密である。東京湾を斜めに見下ろしながら上昇して、ベルトサインが消える頃にはもう(伊豆)大島を過ぎている。八丈島までの直線距離は約190キロだから、45分のフライトといっても水平に飛んでいるのはわずか20分ぐらいしかない。この日、雲の切れ目から見える1万メートル下の太平洋は、上等な霜降り肉のように白い網目模様をしている。かなり荒れているようだ。船ならかなり揺れるだろう。この時期、定期便はよく欠航するらしいから、行くなら飛行機の方が確実かもしれない。

 「前方右下に間もなく御蔵島が見えます。順調なフライトで着陸は定刻11時15分を予定しております」と機長がアナウンスする。余談だが飛行機のアナウンス音声は、国際便も国内便もどうしてこんな音なのだろう。電波状態の悪い短波放送のような音だ。マイクが悪いのかスピーカーが悪いのか。ハイテクの恩恵はアナウンスの音質にまでは及ばないようだ。座席が左側だったので、残念ながら御蔵島は見られなかった。秋になったら八丈島か大島からヘリコプター便で行ってみたいと思う。

タケノコメバルの煮付け
八丈空港正面前の風景

 ほどなく着陸態勢に入り、海面がどんどん近づく。座席が後方だったので前方が見えにくく島は見えない。なんとか見えないものかと、腰を引いたり首を曲げたりしていると、同伴者が、「案外臆病なのね、大丈夫よ」という。どうも女性はロマンティシズムに欠ける。島に次第に近づいて降りていくのを、肉眼でリアルタイムに見るのを楽しみにしていたのだ。言い訳をしようとしたその時、機は右に旋回を始めた。そして突然、窓いっぱいに山肌が現れた。それは恐ろしいぐらいに突然のことだった。それまでは波立つ海面のほかに何ひとつ見えていなかったのである。三原山だ。実は三原山という山はない。島の南側にいくつもの峰を重ね合わせた山並みを総称して三原山というのである。

 見事なランディングであった。後で島の人に聞くと、この時期着陸できずに東京に戻ってしまう便や、離陸できないことがよくあるという。離着陸時はかなり揺れるともいう。しかし今回は、日ごろの行ないの良さのお陰で(同伴者の?)、ほとんど揺れずに着陸し、離陸できた。南からの風が一番の大敵らしい。滑走路は東西方向に走っているから、横から受ける風に弱いということだろう。北からの風は八丈富士で弱められるのか、あまり問題にされていないようだ。

 いうまでもなく、伊豆七島、小笠原諸島は東京都に帰属する島である。八丈島内を走っている車は、品川ナンバーをつけている。太平洋の海原を越え都心部から200キロ離れて「品川」の文字を見るのは、不思議な感じがする。出発前に身近な数人に聞いてみると、伊豆七島の名前を正しくいえた者はいなかった。反省せよ、都民。まあ、春の七草も正確に知らない人が多いのだから仕方がないかもしれない。しかし、伊豆七島はこのボンビバンにはいずれ全島掲載されることになるので、列記しておこう。

 北から南へ順に、大島、利島、新島、神津島、三宅島、御蔵島、八丈島である。すべて東京都である。この七島のほかによく知られている島に、新島の南に式根島、八丈島の南に青ヶ島がある。そしてさらに、八丈島のはるか南方800キロには小笠原諸島があるのだ。ところが、東京および関東地域に住んでいる人は、伊豆七島ならいつでも簡単に行けると思っているせいか、実は大島にさえ行ったことのない人が多い。筆者は団塊世代より少し前に生まれた世代だが、当時の都立高校は修学旅行や臨時旅行でよく大島に行ったものだ。今は韓国、中国に修学旅行する中学があるというのに、伊豆七島に行こうという学校は、筆者の知る限りでは無いようだ。実に情けない話ではないか。

 さて、島に船で着くのと、飛行機で着くのとでは気分がだいぶ違う。安物のスピーカーがひび割れた音で奏でる「蛍の光」のメロディと、遠い過去に向かって吼える物悲しい大型犬の遠吠えのような「汽笛」を聞かされ、泡立つ海面をじっくりと見つめながら海を越えて行くのも、心に響く島旅だが、時間的余裕がない場合は今回のように空路ということもあり、それはそれでまた、心の持ち方で味わい深いものとなるのである。

 八丈空港は羽田から45分の距離とはいいながら、陸続きの空港とは雰囲気がずいぶん違う。飛行機から一歩踏み出して吸う空気がまず別物だ。ロビーにいる係員もなぜか羽田とは違って心にゆとりをもった人間に見える。そして、空港の建物を一歩出れば、目の前には三原山の山腹がなだらかに広がり、振り向けば八丈富士が大きく迫り、その少し左奥に八丈小島の頭が見える。ああ、東京都内とは別世界に来たのだ、写真でしか見たことのない自然が、今、自分の目の前に広がっているんだ、という実感に腹の底あたりから甘い喜びがじんわりと湧き上がってくるのだ。

願ってもないタクシードライバーとの出会い、そして島寿司と焼酎にありつく
お世話になった佐藤タクシーの佐藤さん。大ベテランで当然ながら島のことは実に詳しい。見事な運転技術と温厚篤実な人柄で、しばしば東京のテレビ局の取材の運転依頼も受ける。昨年の台風取材でも活躍した

 今回のように、飛行機以外は何の予約もせずに、初めての島にふらりと来た時に頼りになるのは、タクシーの運転手さんである。できれば経験豊かな個人タクシーの方がいい。空港を出て周りの景色に見惚れるふりをしながら、待機する十数台のタクシーをさりげなく、しかし気合を入れて観察する。何人かが乗って車が順に移動する。ちょうど個人で、気持ちが通じそうな運転手さんの車が先頭に来た時に、さっと近づいて話しかける。
「近くて申し訳ないんですが、植物公園までお願いできますか?」と、さり気なく聞く。運転手さんは軽くうなづいてすぐに降りてきた。大した荷物でもないのにトランクに入れてくれたのである。このわずか2分ほどの時間で鋭く観察する。頼りになりそうな人だと感じた。そこで車内でこう語りかけた。
「植物公園に行って、ビジターセンターで話を聞く以外には何の予定もないんです。1時間後に迎えにきてくれますか?」
「今は季節的にあんまり見るものないけど、1時間もかかるの?」
「ええ、植物も好きだし、島の資料もいろいろあるようですから」
「ああ、そう。じゃこの正門に1時間後に来ます。もし変更があったらここに連絡ください」

 と、いって名刺を差し出した。「佐藤タクシー、04996-7-0357、佐藤貞愛」とある。この佐藤さんと出会って、今回の3日間は願ってもない充実した旅となったのである。旅は出会いが大切だ、あらためてそう感じた。

八丈植物公園正面入り口から仰ぎ見る八丈富士の柔らかな姿

 八丈植物公園、正門入り口からまっすぐ前方に、八丈富士がどーんと見える。標高854.3メートル。全国各地に富士の名をもつ山は数多い。八丈島の富士は形は小さくてずんぐりしているが、稜線がなだらかで心優しい女性を思わせる。ただ、頂上から少し下の部分の四角っぽい草地が、まるで何か文字か暗号を書いたように樹木が伐られているのが気になった。これは後ほど詳しく紹介することにしよう。

植物公園内温室の植物。さまざまな種類の島の植物があるが、大半が南方からの漂流植物だという

 正面入り口から広い敷地を進むと温室があり、多彩な島の植物が紹介されている。そして、さらに進むと事務棟のような建物がある。「八丈ビジターセンター」である。この植物園とセンターのことも後々詳しく紹介したい。

 1時間はあっという間に過ぎて、正面入り口に戻り迎えに来てくれた佐藤タクシーに乗る。
「佐藤さん、実は昼飯をどこで食べるか、まったくあてがないんです。おいしいお店を紹介してくれませんか。それから、食事の後、2時間ほどお付き合い願えますか?」 と、交渉を開始。オフシーズンだから可能な交渉だ。最盛期は突然のこんな申し込みを承知する時間的余裕もないだろうし、料金の問題もある。佐藤さんは20年以上のベテラン運転手である。もちろん、島の生まれだ。こちらの態度様子を瞬時に観察し、ついでに懐具合も勘案して、さも何も気づかないような静かな調子で話す。

植物公園内の「八丈ビジターセンター」。八丈島を知るならまずここを訪れよう

 「さあ、どこにご案内するかなあ。えっ、島寿司? そう、じゃあ、どっちにしようかなあ。うん、ここは美味しいし、奥さんも旦那さんも面白い人だから行ってみますか、みつ橋ってとこですが?」
いいも悪いもない。今回はあえて何も事前情報はもたずにきたのだ。というわけで、大賀郷の、すし割烹「みつ橋」で昼食とあいなった。

 「私は食事は済んでるんで、近くで新聞読んで待ってますから、ゆっくり食べてください」 と佐藤さん。その言葉に甘えて、島寿司、ついでに焼酎も一杯いただこくことにした。

 では、これから何回かに分けて、八丈島訪問記をお届けします。ご期待ください。

八丈島地図
八丈島地図

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