 |
 |
| 八丈空港正面前の風景 |
ほどなく着陸態勢に入り、海面がどんどん近づく。座席が後方だったので前方が見えにくく島は見えない。なんとか見えないものかと、腰を引いたり首を曲げたりしていると、同伴者が、「案外臆病なのね、大丈夫よ」という。どうも女性はロマンティシズムに欠ける。島に次第に近づいて降りていくのを、肉眼でリアルタイムに見るのを楽しみにしていたのだ。言い訳をしようとしたその時、機は右に旋回を始めた。そして突然、窓いっぱいに山肌が現れた。それは恐ろしいぐらいに突然のことだった。それまでは波立つ海面のほかに何ひとつ見えていなかったのである。三原山だ。実は三原山という山はない。島の南側にいくつもの峰を重ね合わせた山並みを総称して三原山というのである。
見事なランディングであった。後で島の人に聞くと、この時期着陸できずに東京に戻ってしまう便や、離陸できないことがよくあるという。離着陸時はかなり揺れるともいう。しかし今回は、日ごろの行ないの良さのお陰で(同伴者の?)、ほとんど揺れずに着陸し、離陸できた。南からの風が一番の大敵らしい。滑走路は東西方向に走っているから、横から受ける風に弱いということだろう。北からの風は八丈富士で弱められるのか、あまり問題にされていないようだ。
いうまでもなく、伊豆七島、小笠原諸島は東京都に帰属する島である。八丈島内を走っている車は、品川ナンバーをつけている。太平洋の海原を越え都心部から200キロ離れて「品川」の文字を見るのは、不思議な感じがする。出発前に身近な数人に聞いてみると、伊豆七島の名前を正しくいえた者はいなかった。反省せよ、都民。まあ、春の七草も正確に知らない人が多いのだから仕方がないかもしれない。しかし、伊豆七島はこのボンビバンにはいずれ全島掲載されることになるので、列記しておこう。
北から南へ順に、大島、利島、新島、神津島、三宅島、御蔵島、八丈島である。すべて東京都である。この七島のほかによく知られている島に、新島の南に式根島、八丈島の南に青ヶ島がある。そしてさらに、八丈島のはるか南方800キロには小笠原諸島があるのだ。ところが、東京および関東地域に住んでいる人は、伊豆七島ならいつでも簡単に行けると思っているせいか、実は大島にさえ行ったことのない人が多い。筆者は団塊世代より少し前に生まれた世代だが、当時の都立高校は修学旅行や臨時旅行でよく大島に行ったものだ。今は韓国、中国に修学旅行する中学があるというのに、伊豆七島に行こうという学校は、筆者の知る限りでは無いようだ。実に情けない話ではないか。
さて、島に船で着くのと、飛行機で着くのとでは気分がだいぶ違う。安物のスピーカーがひび割れた音で奏でる「蛍の光」のメロディと、遠い過去に向かって吼える物悲しい大型犬の遠吠えのような「汽笛」を聞かされ、泡立つ海面をじっくりと見つめながら海を越えて行くのも、心に響く島旅だが、時間的余裕がない場合は今回のように空路ということもあり、それはそれでまた、心の持ち方で味わい深いものとなるのである。
八丈空港は羽田から45分の距離とはいいながら、陸続きの空港とは雰囲気がずいぶん違う。飛行機から一歩踏み出して吸う空気がまず別物だ。ロビーにいる係員もなぜか羽田とは違って心にゆとりをもった人間に見える。そして、空港の建物を一歩出れば、目の前には三原山の山腹がなだらかに広がり、振り向けば八丈富士が大きく迫り、その少し左奥に八丈小島の頭が見える。ああ、東京都内とは別世界に来たのだ、写真でしか見たことのない自然が、今、自分の目の前に広がっているんだ、という実感に腹の底あたりから甘い喜びがじんわりと湧き上がってくるのだ。
|