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| 午前5時、民宿前の玉之浦湾。鏡のように滑らかな海面と、明けかかった空が美しい |
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| 予定時刻ピッタリに着岸してくれた「大鳥丸」 |
翌朝5時ごろ目が覚めると、カラコロカラコロ、という乾いた音が聞こえる。窓から下を見ると、チャッピー(民宿の愛犬)が、空のペットボトルを鼻で飛ばして追いかけ、くわえて女将さんの前にポンと放り投げている。もう一度女将さんに投げてくれと頼むのだ。はい、と投げてやると一心に追いかけて鼻で転がし、女将さんのまえに返す。これを何度もしてくれとせがむ。女将さんはこれを「チャッピーのサッカー」と呼んでいる。あまり可愛いので、後で遊んでやることにした。
5時半に目の前の船着場に行くと、ご主人が海を見つめて立っている。昨日と今日の手配のお礼をいうと、
「ほんとは、私が行きたかったんだけど。実はさ、今日これから長崎の病院に行くんだ、6時のバスで」
と、元気のない声でいう。どこか悪いのか、と聞くと、
「半年ほど前に腰の手術をしてさ、今日は定期検査に行くんだ。もう何でもないんだけど、医者は定期的に診なきゃだめだっていうもんだから」
「腰はちゃんと治さないといけないから、それは医者のいう通りにしたほうがいいですよ。今回は突然でしたが、次回は前もって連絡してきますから、その時はじっくり案内してください。お大事にしてくださいね」
ほんの12時間ほど前に知り合ったばかりなのに、すっかり身内のような気持ちになってしまう。旅でいい人に会うのは、実に楽しいものだ。
ご主人は寂しそうな背中を見せて宿に戻った。間もなく玉之浦湾を左から進んできた船が、大きく旋回して正面に向かってきた。大鳥丸である。船長は佐藤さん。実直そうな日焼けした顔に笑みを浮かべて、どうぞという。舳先から乗り込む。荒尾船長の「公貴丸」と同じような型の船で、横幅が少しスリムだ。大きく旋回して、湾を左に進む。まるで湖のような静かな海だ。船長はここに来る前に、釣り人を岩場に下ろしてきたのだという。 間もなく島山島に架かる玉之浦大橋をくぐり、鯛の鼻という岬を左に曲がって、東シナ海に出た。海岸を左に見て南下する。左上空にはかなり厚めの雲があり、背後から朝日があたって薄赤く輝き、黒い部分との対比が美しい。リヒャルト・シュトラウスの分厚い管弦楽の響きが聞こえてくるようだ。

視線を海面の方に下ろしていくと、巨大な灰黒色の岩肌が目の前に迫る。斜めに地層がはっきりと刻まれた剥き出しの岩肌は、まだほの暗い海でみると少し怖い。巨大な崖と船の間には、バラバラと上から撒き散らしたように小さな岩がいくつも浮かんでいる。どれも、厳しい海蝕を受けて立つ場所もないほど険しい形だが、よく見ると、人がいる岩がある。岩場でヒジキをとっている漁師と、釣り人だ。船長も今朝何人かこういう岩に釣り人を下ろしてきたらしい。後でピックアップに行くそうだが、突然の波にさらわれないか、船長が忘れて来なかったらどうなるのか、と私なら心配になる。

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| 静かな海面をすべるように進み、玉之浦大橋をくぐる |
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| 鯛の鼻、という岬を左に曲がると東シナ海に出る |
何といってもここは、東シナ海、外海である。湾内とは打って変わって、船は何かにつかまっていないと立っていられないぐらい激しく揺れる。船べり近くだと波しぶきを全身に被る。どうも、釣り人の神経というものがわからない。佐藤船長に聞くと、たまに海に落ちる人がいるという。
「落ちると、まず助からないなあ。ここは潮の流れが早くて、泳ぐなんてことは出来ないから、たいてい海底に引き込まれて、上がってこなくなる」
と、恐ろしいことをいう。後で荒尾船長に聞くと、
「こういう仕事をしていると、時々そういう遭難者を探すボランティアを頼まれるんだけど、あんまり行きたくないねえ。海に落ちて死んだ人の状態を一度見ると、もう二度と見たくないって思っちゃう」
そうだ。釣りの好きな方は十分ご注意いただきたい。そうそう、八丈島でも同じことを何度か聞いた。幸い、私は魚は好きだが釣りは嫌いだから、心配ない。
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