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ゆっくりと島巡り 案内人 船木文宏

五島列島 福江島(6)  text&photo Fumihiro Funaki 200610月4日更新

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大瀬崎灯台を展望台から見下ろし、海上から見上げる

荒々しい東シナ海、海蝕岩の絶壁、岬の上から50キロ先を見つめる大瀬崎灯台

午前5時、民宿前の玉之浦湾。鏡のように滑らかな海面と、明けかかった空が美しい
予定時刻ピッタリに着岸してくれた「大鳥丸」

翌朝5時ごろ目が覚めると、カラコロカラコロ、という乾いた音が聞こえる。窓から下を見ると、チャッピー(民宿の愛犬)が、空のペットボトルを鼻で飛ばして追いかけ、くわえて女将さんの前にポンと放り投げている。もう一度女将さんに投げてくれと頼むのだ。はい、と投げてやると一心に追いかけて鼻で転がし、女将さんのまえに返す。これを何度もしてくれとせがむ。女将さんはこれを「チャッピーのサッカー」と呼んでいる。あまり可愛いので、後で遊んでやることにした。

5時半に目の前の船着場に行くと、ご主人が海を見つめて立っている。昨日と今日の手配のお礼をいうと、
「ほんとは、私が行きたかったんだけど。実はさ、今日これから長崎の病院に行くんだ、6時のバスで」
と、元気のない声でいう。どこか悪いのか、と聞くと、
「半年ほど前に腰の手術をしてさ、今日は定期検査に行くんだ。もう何でもないんだけど、医者は定期的に診なきゃだめだっていうもんだから」
「腰はちゃんと治さないといけないから、それは医者のいう通りにしたほうがいいですよ。今回は突然でしたが、次回は前もって連絡してきますから、その時はじっくり案内してください。お大事にしてくださいね」

ほんの12時間ほど前に知り合ったばかりなのに、すっかり身内のような気持ちになってしまう。旅でいい人に会うのは、実に楽しいものだ。

ご主人は寂しそうな背中を見せて宿に戻った。間もなく玉之浦湾を左から進んできた船が、大きく旋回して正面に向かってきた。大鳥丸である。船長は佐藤さん。実直そうな日焼けした顔に笑みを浮かべて、どうぞという。舳先から乗り込む。荒尾船長の「公貴丸」と同じような型の船で、横幅が少しスリムだ。大きく旋回して、湾を左に進む。まるで湖のような静かな海だ。船長はここに来る前に、釣り人を岩場に下ろしてきたのだという。 間もなく島山島に架かる玉之浦大橋をくぐり、鯛の鼻という岬を左に曲がって、東シナ海に出た。海岸を左に見て南下する。左上空にはかなり厚めの雲があり、背後から朝日があたって薄赤く輝き、黒い部分との対比が美しい。リヒャルト・シュトラウスの分厚い管弦楽の響きが聞こえてくるようだ。


視線を海面の方に下ろしていくと、巨大な灰黒色の岩肌が目の前に迫る。斜めに地層がはっきりと刻まれた剥き出しの岩肌は、まだほの暗い海でみると少し怖い。巨大な崖と船の間には、バラバラと上から撒き散らしたように小さな岩がいくつも浮かんでいる。どれも、厳しい海蝕を受けて立つ場所もないほど険しい形だが、よく見ると、人がいる岩がある。岩場でヒジキをとっている漁師と、釣り人だ。船長も今朝何人かこういう岩に釣り人を下ろしてきたらしい。後でピックアップに行くそうだが、突然の波にさらわれないか、船長が忘れて来なかったらどうなるのか、と私なら心配になる。


静かな海面をすべるように進み、玉之浦大橋をくぐる
鯛の鼻、という岬を左に曲がると東シナ海に出る

何といってもここは、東シナ海、外海である。湾内とは打って変わって、船は何かにつかまっていないと立っていられないぐらい激しく揺れる。船べり近くだと波しぶきを全身に被る。どうも、釣り人の神経というものがわからない。佐藤船長に聞くと、たまに海に落ちる人がいるという。
「落ちると、まず助からないなあ。ここは潮の流れが早くて、泳ぐなんてことは出来ないから、たいてい海底に引き込まれて、上がってこなくなる」
と、恐ろしいことをいう。後で荒尾船長に聞くと、
「こういう仕事をしていると、時々そういう遭難者を探すボランティアを頼まれるんだけど、あんまり行きたくないねえ。海に落ちて死んだ人の状態を一度見ると、もう二度と見たくないって思っちゃう」
そうだ。釣りの好きな方は十分ご注意いただきたい。そうそう、八丈島でも同じことを何度か聞いた。幸い、私は魚は好きだが釣りは嫌いだから、心配ない。


早朝の東シナ海を南下、大瀬崎に向かう
  「大鳥丸」の佐藤船長   危険な岩場でヒジキをとる漁師

出発して15分ぐらいだろうか、前方左手の山の上に大瀬崎灯台が見えてきた。まだ明け切らない朝の空に向かって建っている姿は、感動的であった。海面から100メートルをはるかに超える高さの岬の巨大な崖肌には圧倒されるが、もう昨日の夕方のような恐怖は感じない。次第に明るさを増していくせいだろうか。

それにしても、あらためて、よくもこんなところに、灯台を造ったものだと思う。1879(明治12)年に建設され、1971(昭和46)年に今の形に改築された。光度は全国で最大の200万カンデラ。50キロ先まで光が届く。日没から夜明けまで、10秒おきに点灯するビーコン式灯台だそうである。この大瀬崎灯台で思い出すのは、1957(昭和32)年の木下恵介監督、佐田啓二、高峰秀子主演の『喜びも悲しみも幾歳月』(松竹)である。この燈台守夫婦を描いた映画の撮影が、大瀬崎灯台で行なわれたのだ。物語では、福江島の南西80キロにに浮かぶ男女(だんじょ)群島の女島(めしま)灯台なのだが、そこまでは撮影隊は行けないので玉之浦で撮ったらしい。


海上から見上げる「大瀬崎灯台」

佐藤船長は、どこか岩場に上がってみますか、と親切にいってくれたが、転落して魚の餌にはなりたくないし、カメラのファインダーを覗きすぎて、昨日の五島灘クルージングの時と似た症状が出ていたので遠慮した。船は帰りもかなり揺れた。鯛の鼻岬を左折して玉之浦湾に入ると、いままでの振動がウソのように静まり、すべるような優雅な走りで民宿前の船着場に着いた。

五島列島 福江島マップ
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