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ゆっくりと島巡り 案内人 船木文宏

五島列島 福江島(6)  text&photo Fumihiro Funaki 200610月4日更新

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大瀬崎灯台を展望台から見下ろし、海上から見上げる

陸からは牙を持つ大蛇の大瀬崎

民宿「たまのうら」のご主人の車は、バス停から逆方向に海岸沿いを進み、ほどなく右に曲がって緩やかな山道を上っていく。途中で何度も携帯電話が鳴る。その度に金属製の小さな魚がたくさんぶら下がったストラップをジャラジャラ鳴らして、ご主人は早口で応対している。今日の漁はどうだった、値が良くない、明日の天気はどうか、というような会話のようだが、五島弁なのか長崎弁なのか内容は半分ほどしか理解できない。

「そうそう、仲間からの電話だよ。最近は漁は良くないし、値も悪い。漁師はあんまりいい商売じゃなくなったなあ」

「でも、五島の魚といえば、全国的にも有名じゃないですか」

「いや〜、大したことはないよ。年々悪くなる一方だな」

話は悲観的だが“ここで獲れるブリのうまさったらない、昔は毎日の漁で休む間もなかった”という独り言のような話しぶりには、魚と漁への愛着が強くにじんでいる。利尻島や八丈島で出会った老漁師も、同じようなことをいっては、遠くを見つめていた。


大瀬山展望台付近から見下ろす夕方の「大瀬崎灯台」

10分も走っただろうか、車はよく整備された道を登って、小高い山の頂上あたりに差しかかった。6時半を過ぎたが、まだかなり明るい。

「さあ、着いたよ。車下りてゆっくり見るといい」

おお、なんという光景だろう。すぐ目の前が深い崖になって青黒い海に落ち込み、やや前方の山肌からまるで大蛇がするすると首を伸ばしたように岬が海にせり出している。その大蛇の頭に、太い象牙の牙のように白い大瀬崎灯台が建っている。息を飲み込んだまま吐き出せなくなってしまうような、圧倒的な眺めである。どうすれば、このような地形が出来上がるのか。岬の肌は毛をむしり取られた熊の横腹のように、灰色の岩が露(あらわ)になっている。よく見ると筋のように地層が刻まれている。後で調べるとこの岩は「水成岩」であることがわかった。激しい波と風に、気の遠くなるほどの長い間浸蝕された、このような崖を「海蝕崖」という。

それにしても、恐ろしくなるような壮絶な断崖絶壁である。早春か初秋の柔らかな日差しを浴びて、穏やかな海に浮かぶ崖の先端部で白く輝いている、絵葉書や案内書で見る大瀬崎灯台は、ただひたすらに美しいが、色を失いながら夕闇に溶け込み始めた断崖と、黒ずんだ海の光景の中では、名状し難い恐怖を感じさせられる。いや崇高さが入り混じった畏怖といったほうがいいかもしれない。普通の観光客なら、こんな時間にこの場所には来ないだろう。得がたい体験であった。

「凄い眺めですね。お父さんのお陰で、素晴らしい体験ができました。本当に感激しました」

「いや〜、もう少し早く来たほうがよかったかもしれないけど、間に合ってよかった。これでさ、明日の朝、あっちの海から見ると、また違った感じだからさ、上からも見ておいて欲しかったんだ」


大瀬山付近の道端に咲く黄色い花。
キンポウゲか?

宿に戻る途中、道の両側に黄色い花があちこちに咲いているのが、薄暗くなっても鮮やかに見えた。何という花なのだろうか、とご主人に聞くと、
「えっ? ああ、あの花。ただの花だろう、名前は知らないなあ」
と、面食らったように答える。魚以外にはあまり興味がなさそうだ。こういう人って、好きである。連れの顔を見ると、同じ思いのようであった。自信はないが、キンポウゲではないかと思うのだが、誰に聞いてもはっきりしなかったのが今でも気になっている。

宿では女将さんが、笑顔で迎えてくれた。
「お父さんのお陰で、素晴らしい景色が見られました。お父さんのご親切に感謝します。やさしい方ですね」
「さあ、それはどうでしょうかねえ。嫁いできたころは、漁が忙しくて、私もずいぶん手伝いましたんですよ。子供背中に背負ってね。このあたりの漁師の奥さんはみんなそうでしたから」
「ああ、そうでしょうね。漁師でも農家でも、女性はほんとによく働きますよね。その点、都会の女性は…」
「あら、比べる必要はないんじゃない?」
「そうですよ、比べることはないです。働く人は働くし、嫌な人は頼まれたって働かないんですから。それから少しずつ漁が減ってきたころに、私がこの民宿を始めましてね。でも主人はほとんど何にも民宿のことは手伝ってくれませんでしたよ」
「はあ、そうですか」
「夏のシーズンで忙しい時なんかは、もうそれは大変で。でも、主人は何もしてくれない」
「はあ……」

どうも、今夜は女将さんの機嫌が悪いのだろうか。話している顔には笑みが浮かんでいるのだが。もっとも女性の腹は何年暮らしてもわからないものである。ご主人は食堂の奥の部屋で新聞を読みながら食事をしているのが、仕切りのガラス戸から、チラッと見える。女将さんの声は十分聞こえているはずだが、何もいわない。


「ところで、女将さん、明朝は船をお願いできますか? そこに貼ってある案内書きを見ますと、何人か揃わないとダメなようですが、私たち以外にお客はあるんでしょうか?」
「お客は明日はいないでしょうね。さあどうしようかしら、ねえ?」
と、奥に声を掛ける。ご主人が何事ごともなかったような顔で出てきた。
「なんだ、予約してあるわけじゃなかったんだね。それなら、私が自分の船で案内したかったなあ。海のあちこち、刺し網や養殖のところも、灯台も、それに島山島の鹿も見せたかったし。実は明日の朝はちょっと別な用事があって、ダメなんだ、私。それじゃさ、仲間に聞いてみるよ。えっ? ああ、予算もちゃんと聞くから大丈夫だ」
と、いってすぐに電話に向かった。
「あのさ、大鳥丸ってのが、朝6時に来てくれることになった。みんな説明しといたから安心していいよ。じゃあ、私はこれで」

これだけいってご主人はすぐ奥の部屋に戻った。私たちはそれからしばらく、女将さんの話を聞いて、9時には部屋に戻った。

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