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ゆっくりと島巡り 案内人 船木文宏

五島列島 福江島(5)  text&photo Fumihiro Funaki 2006年9月20日更新

路線バスで玉之浦へ

「公貴丸」の荒尾船長も、島案内役の原塚氏も、今日はもう船も車も運転しないというので、一杯飲みながらゆっくり昼食をとることにした。午後からは路線バスで島の西端、玉之浦に行くことになっているので、バスターミナル(五島バスターミナルホテル前)の隣のカンパーナホテル内にある和食レストラン「萬葉」に入った。落ち着いたなかなかいいお店だ。昼食には少し贅沢かもしれないと思ったのだが、ヨーロッパには昼食が一日のメインの食事という国が多い。今日は早朝から素晴らしい五島灘のクルージングを堪能したので、われわれも豪華に食べたい気持ちになったのである。

お刺身、焼き魚、野菜の煮物…と料理が並び、酒はビールから日本酒へと進む。連れ合いも日本酒を少しだけ飲んで、ご機嫌。原塚氏は時々携帯電話が鳴って、なにやら打ち合わせめいた話をしている。そのうち、ちょっと失礼します、といって部屋を10分ほど出たりする。何でも新しい組織づくりをしているらしく、実に忙しげだ。そういえばクルージング中の間も半分ぐらいは電話をしていた。まあ何にしても島の発展のために頑張ってもらいたいものだ。そういう次第で、荒尾船長と私は必然的に、致し方なく酒の量が増えていくことになった。
「こういう時はですね、魂の伝承といいまして、魂をいれて献盃、返盃するんです、わたしたちは」
と、船長がいって盃ならぬミニグラスに酒を注いでくれる。
「じゃあ、こんな具合ですか?」
と、注ぎ返す。楽しく飲んでいると、連れ合いがいう。
「船長さんは、これからお帰りになってお昼寝もできますけど、私たちは玉之浦まで行くんですよ」

ほどほどにしろ、という忠告である。こういう時は素直にしたがうのが円満の秘訣だから、しぶしぶお開きにした。

原塚氏がこれからの予定をメモにしてくれた。外見と少し違って、律儀そうな小さな字で丁寧に書かれている(失礼)。15時45分発の路線バスに乗ると、17時15分に玉之浦着。民宿はそのものずばり「たまのうら」といって、バス停のすぐそば。眠っていても行ける近さだという。明日は10時までに民宿まで迎えに来てくれる。船長が車を運転して、島を一周してしっかりお勉強していただく、という予定だ。ほろ酔いのいい気持ちで、丁寧にお礼をいって二人と別れた。

ビルの受付で、バスの時刻表をもらうと、路線がずいぶんたくさんあるので驚いた。20線ほどもある。しかし、どの路線も本数は少ない。玉之浦へ行く路線は1日5往復。福江大波止ターミナル発は6時36分、8時13分、12時25分、15時45分、17時30分の5本だ。出発までにはまだ1時間ほどあるが、うっかり乗り遅れると、1時間45分待つことになる。原塚さんに教えてもらった、近くの喫茶店で一休みすることにしたが、遅れないように何度も時計を見た。ところが、ここのコーヒーが実にうまくて、危うく時間を忘れそうになった。

旅に出ると、いい喫茶店が少なくてコーヒー党の私たちは苦労するのだが、島でもいちばん古いというこの店は本格派で素晴らしい味だった。しかし、喫茶店が時間つぶしの場所になって、コーヒーの味が軽視される都会の悪しき風潮は全国的に広まっていて、福江島も例外ではなく、このお店もそろそろ店じまいを考えているという。


福江港に浮かぶ「常灯鼻」

バスターミナルに行くと、まだ15分ほどある。少し歩いて港に行った。海に浮かぶ立派ななお墓のような「常灯鼻(じょうとうばな)」がすぐ目の前に見える。これは1846年に完成したもので、第30代藩主、五島盛成公が石田城を築くにあたって、北東から吹き寄せる大波を防いで築城工事の安全をはかり、あわせて灯台の役割をもたせるために作ったものだという。

発車5分ほど前にターミナルに戻ると、白髪の小柄な紳士がベンチに座っておられた。なかなかハンサムで、最近の日本人には少なくなった“人品骨柄卑しからざる”風情が漂っている。思わず話しかけてうかがうと、同じバスで玉之浦に帰られるところだという。今は引退されたが、五島の教会組織の要職にあった牧師さんだという。もちろん今でも敬虔なクリスチャンで、洗礼名はペテロ。あれっ、ペテロといえば、原塚さんの洗礼名もペテロだったはず。うーん、同じ名前でも人相がかなり違うなあ、などとつい失礼なことを思ってしまったが、これはキリスト教徒に限らない。日本人は昔の人のほうが立派な顔をしていると、いつも思うのである。原因はかなりはっきりしているのだが、バスが定刻通りにきたので、この話はまた別の機会に譲る。

乗客は私たち夫婦のほかには、老紳士とお年寄りの女性が数人だけである。ところが発車しかかった時に、前方から女学生が一人走ってきた。何とか間に合った。このバスに乗り遅れると、次は1時間45分後になるのだから、もっと親切に待ってあげたらいいのではないか、と思ったが、運転手氏はブスっとした表情で、感じが悪かった。


五島高校。左の立派な門をくぐった先に、右の校舎がある

というわけで一人増えた乗客は、五島高校2年の女学生で、玉之浦に帰るところだった。学校の正式名称は「長崎県立五島高等学校」。バス停のすぐそばに旧福江城があり、その敷地内に校舎がある。お城の石垣に囲まれ、立派な門をくぐって入ると、校舎は残念ながら3階建の近代的装いだが、お堀が巡り、手入れの行き届いた公園内にある高校なんて、日本でも珍しい羨ましい学校だ。東京でいえば皇居の中にある学校、というイメージなのだから。

女学生は通路を挟んで私の隣に座った。植草教授の例もあるので、自分が問題のない正常人であることをキッチリと説明してから話しかけた。携帯デジタルプレーヤーで音楽を聴いていたのだが、イヤフォンを外して付き合ってくれる。感心、感心。東京ではこうはいかない。ほとんどの子が返事もしないし、うっかりすると痴漢呼ばわりされかねない。やはり、島はいい。こういう環境のなかで過ごすから、無理に常識を教え込まなくても、自然にいい人間に育っていくのに違いない。都会の子は、半年ぐらい強制的に島留学させるといいのではないか、と思う。

音楽はいつも、携帯デジタルプレーヤーで聴くという。クラスの仲間も大半がそうらしい。家には父親の古いオーディオ装置があるのだが、それで聴くことはないらしい。ウォークマンが普及していくころもそうだったのだから、iPodをきっかけにスピーカーから音楽を聴くことが減っても、格別に心配することはない。ただ、CDやDVDのパッケージソフトの今後はどうかというと、これは大いに心配をしたほうがよさそうだ。音楽産業は重大な局面にある。あれこれ話していると、連れ合いがそっと耳打ちする。

「眠そうですよ、今の子はみんな勉強が大変で寝不足なんだから、ほどほどにして解放してあげたらどう?」

なるほど、勉強に時間もとられるだろうが、毎日片道1時間半もかけて通学するのだから、ずいぶん疲れることだろう。いつまでも話しかけるのは身勝手な行為だと反省した。それにしても、連れ合いは「ほどほどにしろ」とよくいう。癪だがそのとおりなのだから仕方がない。案の定、話をやめると、女学生はほどなく音楽を聴きながら眠ったのである。

玉之浦に向かう途中の美しい景色

10分ほど走ると、道路から病院の敷地に入るようにして「五島病院」という立派な病院の玄関前に停車した。路線バスは病院に通院する人の大切な足になっているのだ。運行本数が少ないのは、ほとんどの家庭に車があって利用者が少ないのだから仕方がない。しかし、もう運転をしなくなった、あるいは出来なくなった老人で、若い家族と同居していない人たちにはバスが唯一の交通手段になっているのだ。ここで、3人ほどの老婦人を乗せてバスは再び道に戻って進んだ。

やがてバスは町並みを過ぎて、野を越え山を越えという感じで走る。窓から見える右側の大きな川か湖に見えるのは、玉之浦湾の海である。昨日、堂崎教会から鐙瀬溶岩海岸までの車の中からも見たように、島の海岸は深く陸地に切り込んで、複雑なリアス式海岸のような様相を呈している。しかし、玉之浦湾の周辺は、その切り込みが柔らかく、目の前だけ見ているとほとんど海には見えない。そして、陸地部を見ると、島の東側に比べてかなり水田があるのが意外だった。後ろの席の女性に聞くと、この地域ではかなりいいお米が出来るという。

玉之浦バス停前の建物
民宿前の美しい海、玉之浦湾

バスはほぼ定刻に玉之浦に着いた。バス停は大きな建物の前で、その建物には3つの看板が掛かっていた。向かって左から順に、玉之浦町民俗資料展示館、五島市商工会玉之浦支部、玉之浦観光住民センター。原塚さんが予約しておいてくれた民宿「たまのうら」は、その左路地を入ったすぐ裏手にあった。品の良い初老の婦人が出迎えてくれた。女将さんである。漁師のご主人と、チャッピーという可愛いメスのコーギー犬が同居している。しかし民宿は、ご主人はまったく手伝わず、女将さん一人で切り盛りしているので大変だという。

早めに風呂に入って、食堂に行って夕食を食べ始めると、女将さんとの話し声を聞いたのか、ご主人が出てきた。今日は大瀬崎の灯台を見たかと聞かれたので、少し前に着いたばかりで、明日海から見たいと思う、というと、


民宿のご主人はベテランの
漁師
  民宿を一人で切り盛りする
女将さん
  ご主人夫妻の愛犬、
チャッピー
  民宿「たまのうら」

玉之浦湾に浮かぶご主人の船、恵美丸
「ああ、海から見るのもいいけど、陸地の上から見るのもいいんだ。そうだ、まだ明るいから今から行こう。私が連れていってやるよ、さあ、行こう行こう。食事は帰ってからまた食べればいいさ」
と、有無をいわさない勢いでいう。こう書くと強引に聞こえるだろうが、実際にその場にいると、ただ偏(ひとえ)に親切なのだとわかる。こういう人との出会いが旅のご馳走なのだ、本当に。私たちは箸を置いて、大急ぎでご主人に従った。
長崎五島 カンパーナホテル(ホテル内和食レストラン:和食処 萬葉)
  五島市東浜町1丁目1番1号 TEL 0959-72-8111

五島バスターミナルホテル(カンパーナホテル隣)の前にバス停がある
  TEL 0959-72-2111
  定期観光バスのご案内はこちら

五島バス 福江島内運行時刻表

民宿「たまのうら」
  五島市玉之浦町734-7 TEL&FAX 0959-87-2206
五島列島 福江島マップ
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