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五島列島は長崎県西方の東シナ海に浮かぶ島だが、本土長崎との間の海は「五島灘」と名づけられている。しかし、島の人は西の海は東シナ海と呼ぶが、東の海は単に「海」といい、「五島灘」とわざわざいう人は少ない。船は福江港を出て、福江島のすぐ北にある久賀島に向かっている。右手にはしばらく福江島の岸壁が続く。前方と右側には次々に島が現れる。その多くは小さな無人島だ。海は青く透き通り、島々は海面から数十メートルほど岩石の肌を露にして、その上には緑鮮やかに木を茂らせている。波のほとんどない穏やかな海面に東から朝の太陽が光を斜めに降り注ぎ、海の色を微妙に変化させる。近くに他の船はない。この広い海全部を独占しているような気持ちになる。進む速度に合わせて強くなる潮風を、口を目一杯に開いて喉の奥深くまで吸い込んでみる。肺の隅々まで新鮮な潮風が行き渡り、これで今年はきっと風邪を引かない、と確信した。

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| 青く広い海鮮やかな航跡を残して「公貴丸」は快適に進む |
島は絶え間なく近づき、後ろへと引き下がっていく。ああ、この光景はいつかどこかで見たことがある、デジャヴュ、そんな気持ちがしてきた。そうだ、思い出した。今から17年ほど前、ザルツブルグでの録音を終えて、ミュンヘン、ローマ、ニューデリーと南周りで帰国した時のことだ。8月末の暑い日だった。ローマ空港を離陸し、巡航飛行に入って間もなく窓から海を見下ろすと、午後の強い陽射しが深い紺碧の地中海を輝かせ、無数の島々を浮かび上がらせていた。思わず息を飲み込む光景であった。ああ、ここから人類の文化が成熟の歩みを踏み出したのだ。ソクラテス、プラトン、アリストテレスの息吹がまだそこに漂っているような気がして、軽い眩暈を感じた。
そうだ、この五島の海は、エーゲ海のようではないか。そう思った。素晴らしい海である。こんな美しい海が、ここにあるなんて、今日までまったく知らなかった。この海のクルージングを「日本のエーゲ海クルージング」と名づけたら人気が出るのではないだろうか。川口さんに提案してみようと思う。
ほどなく、左前方に久賀島が見え、次第に大きく迫ってきた。船は奈留島との間を進み、左に曲がって、有名な「五輪(ごりん)教会」のある入り江に進んだ。
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