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ゆっくりと島巡り 案内人 船木文宏

五島列島 福江島(3)  text & photo Fumihiro Funaki 2006年7月19日更新

到着初日の夕食は、嬉しい魚づくし

「島のスタッフとの会食は明日以降にして、今夜は初日ですからお二人だけでどうぞゆっくりお過ごしください。五松屋さんは、魚料理もいいし、先ほどお話した肉料理もありますから。明朝は8時半にホテルに伺います」
と、原塚さんがいう。ホテルは市中心部のビジネスホテル「ダウンタウン」。ここでひとまず原塚さん、中村さんと別れてチェックイン。荷物を片付け、市内のメインストリートを歩いてみた。
「東京から五島を想像すると、遥か遠くのもっと島っぽいところかと思ってたけれど、このあたりを歩いていると、東京の下町の商店街とあまり変わらないわね。ずいぶん開けているんで驚いた」
と連れがいう。
「そうだね。僕も中学時代の大森や、高校時代の武蔵小山の商店街を思い出してた。最近の東京は親しみのわく小ぶりな地元商店街なんて少なくなったけど、こういう感じはいいね。大スーパーや家電量販店の支店とか、ファミレスが見当たらないのが新鮮だなあ」
「あら、ここが川口さんのお店ですね、まるかわ」
正式訪問は明日以降にして、ちょっと外から覗いて見たのだが、夕方5時過ぎでかなり混んでいた。そういえば川口さんの名刺には「スーパー」の文字はなく、「明治22年創業、フード・パワーセンター」とあった。パワフルな川口さんらしい雰囲気が店内にも感じられた。
「まるかわ」の前の信号を渡り、原塚さんに聞いた書店に行く。地元でしか手に入らない本がないだろうか、と思ったのだが、店の品揃えは東京の小さめの書店と変わらない。店員さんに聞くと、郷土関係の本はあまりない、という。ついこの間までは立派な五島の写真集もあったのだが、今は絶版になっているらしい。それでも、箱入りの分厚い「平山徳一著 五島史と民俗」、A4平綴じの「松山勇 五島のことわざ」の2冊を仕入れた。どちらも出版社名がないので自費出版なのだろうと思われる。それでも、前者は平成元年に初版が出て、15年に第2版が出ている。後者は平成14年の10月に初版が出て、すぐ12月には再版されている。貴重な本が手に入って幸先がいい。

ホテルに戻り、軽く一風呂浴びて6時半に「五松屋」に行った。ホテルからも「まるかわ」からも近い。落ち着いた感じの店構えだ。引き戸を開けて入ると、左側カウンターの中にご主人が見えた。原塚さんの紹介だと名乗ってカウンターに座った。時間が早いので客はまだ私たちだけだ。貸切みたいで気分がいい。五島には地酒がないので、銘柄はご主人にお任せして冷酒を頼む。料理は、お刺身、煮魚、焼き魚など、すべてお勧めに任せることにした。了解をもらって料理の写真を撮る。
「八丈島では酔って失敗したから、今夜はちゃんと気合をいれて撮ります」
「お酒が入ると手元がすぐ怪しくなりますからね。手振れ補正とかいうのがあるんじゃないんですか?」
「おや、生意気なことをおっしゃる。これにはそういう洒落た機構がないんです。そのほうが写りもいいんで」
「でも、ピントが合わなかったらダメじゃないですか」
女性の正論は相手にしない主義なので、これ以上この話題には触れないことにする。何はともあれお刺身を撮って、無言で一杯飲んで一切れ口に入れる。


ご主人にお任せした、魚料理。この他にも、サザエのつぼ焼き、海草のサラダなどをいただいた

「う〜ん、いいねえ。酒はうま口。魚は新鮮。だらけていた舌の神経が生き生きと踊り始めましたよ」
「おいしいわね、シマアジですか、これ。いかはなんですか?」
「あおりいかですって。社の青年がいってた通りだな。香りがよくって、身が引き締まってる。このモチーっとした噛み心地がお刺身の命だよね」
お刺身の後は、赤むつの塩焼き、カサゴのから揚げ、サザエのつぼ焼を挟んで、メインディッシュ、というのも変だが、カワハギのバター風味包み焼き、と続く。原塚さんには悪いが今夜は肉はパス。魚と日本酒で統一、ご自慢の五島牛は次回ということにした。やがてカウンターにも、奥の座敷にも客が入り、ご主人は忙しくて会話がしにくくなってきた。帰るまでにもう一度必ずきます、といって引き上げた。

五島第1日目の夕食は、お勧めの「五松屋」で
五松屋主人と女性。女性は後にご主人の奥様と判明した

「やあ、良かったね、大きな店の名物料理、自慢料理にはがっかりさせられことが多いけど、五松屋さんは店の大きさもちょうどいい。一品一品に店主の技と神経が行き届いてる。ところでさ、お店の女性は奥さんかな?」
「飲んで食べても、女性が気になるんですね。そういえばきれいな方でしたね。奥さんじゃないって感じたけど」
「ああ、そう。でも何となくある雰囲気を感じたけど、ね」
5月29日、五島列島福江島第1日の夜は、これ以上はない仕合せ感に満ちて静かに更けていった。


海、島、海、島…五島の海は日本のエーゲ海!!

五島列島福江島第2日。朝型の暮らしで普段は4時には起き出すことが多いのだが、今朝は珍しく5時過ぎまでぐっすりと眠った。目覚めは快適。7時の朝食まではまだだいぶ時間がある。朝風呂に入ってわずかに残る酒の残り香を洗い落とし、散歩に出た。
ホテルのすぐ裏手に、末広公園という小さな広場があり、そこに立って左から右にぐるりと見回すと、福江教会、五島市役所、保健所、消防署、商工会議所などがある。静かな街並だが、市政の中心地のようだ。ホテルに戻ると、エレベーター前のロビーの床に、ノートパソコンが何台も並べられている。充電をしているようだ。何だろうと思っていると、外国人が何人か下りてきて、ソファに座って話し始めた。日曜日に終わったトライアスロンの国際大会「アイアンマン」の関係者がまだ泊まっていたのだ。
長崎から100kmも離れた島というのを忘れそうになる。そういえば、昨日夕方散歩した時も子供連れの外国人が何人かいた。すっかり国際島って感じである。そいうえば川口さんが会ってすぐにいわれた言葉を思い出した。
「五島は歴史的、文化的には長崎市よりも古いんですよ」
たしかに遣唐使の時代から国際交流は五島の島にはっきりと刻まれている。明治以降、そして第2次世界大戦後の政治的要因によって、どこの離島も財政的には苦しいし、過疎化に苦しんでいるところも多い。しかし、五島の「アイアンマン」のような企画は一つの可能性を示しているのではないだろうか。

五島灘クルーズのため借り切った(!?)「公貴丸」

原塚さんの案内で、8時40分に福江港についた。今日は待望の五島灘クルージングである。ホテルはチェックアウトしたので、桟橋に荷物を置いて船を待とうとしたら、
「おーい、○△○×□〜○□」
「公貴丸」船長、荒尾公明さん。むっつりした雰囲気だが心優しい頼りになる海の男
という声がする。船長の声らしい。どうやら待ち合わせ場所が少しずれていたようだ。船は「公貴丸」、白いスポーツウェアにベージュのコットンパンツ、頭にはブルーのバンダナ、そして淡い青色のサングラスという精悍な感じの男が、ややムスっとした雰囲気で迎えてくれた。船長、荒尾公明(あらおひろあき)さんとの対面である。荒尾さんは「a2 MARINE CLUB」というマリーンスポーツクラブのインストラクターにして、主宰者、店長。東京の大学を卒業して、建設関係の家業を継ぐために島に戻ったが、船を買って今はマリーンクラブをメインに活動されている。とっつきにくいイメージはすぐに吹き飛んだ。今日、明日の2日間、貴重な時間を割いて原塚さんと二人でお相手をしてくれるのだ。


鏡のように穏やかな福江港を静々と出港

船は貸切。贅沢なことこの上ない。原塚さんを船員に仕立てて、荒尾船長が“俺についてこい”という頼もしい感じで乗り込み操縦席に着く。私たち二人は胸を高鳴らせて乗り込んだ。「公貴丸」は鏡のように穏やかな福江港の湾内を、貴婦人の歩みのように優雅に滑り出した。
「いや〜、なんて仕合せなんだろう。私はこれに憧れていたんだ。う〜ん素晴らしい。貸切でクルージング。目を閉じれば王侯貴族って気分だね」


舳先に立つと、島が次々現れる
舷側の波しぶきを見ていると、クルージングの楽しさで胸がいっぱいになる
操縦席の荒尾船長。真剣な引き締まった表情が
カッコいい
「目を開けたら、ただのじいさん、ばあさん、ね」
「ああ、夢がないなあ。年齢なんか関係ありません。私は前に行く」
「足もと気をつけてくださいよ。無理しちゃダメですよ」
という連れの風情に欠ける声を尻目に、私は狭い舷側を慎重に、しかし軽快に渡って船首の方に行った。手すりにつかまって前方を見る。操縦席は一段上の後方だから、船でいちばん前にいるのは私だ。湾を出た船は次第に加速して、小気味のいいエンジン音を立てて進む。口を真一文字に結び、小さな目をかっと見開き、左から右へ、右から左へと悠然と海を見回しながら立っていると、まるで自分が海を切り開いて進んでいく、英雄のような気分になってくる。気がつけば、大きな声でイタリア民謡を歌っていた。実に気持ちがいい。荒尾さんは、足元のふらつく熟年オヤジが立っていて不安だったかもしれない。しかし心やさしい船長は少しもそのようなそぶりをみせず、キリリと引き締めた表情で操縦している。やはり持つべきは男の友人である。荒尾さんとは年齢の差を越えた友人でありたい、と思った。

数々の有人島、無人島が現れては消えていく。エーゲ海を思い出した

五島列島は長崎県西方の東シナ海に浮かぶ島だが、本土長崎との間の海は「五島灘」と名づけられている。しかし、島の人は西の海は東シナ海と呼ぶが、東の海は単に「海」といい、「五島灘」とわざわざいう人は少ない。船は福江港を出て、福江島のすぐ北にある久賀島に向かっている。右手にはしばらく福江島の岸壁が続く。前方と右側には次々に島が現れる。その多くは小さな無人島だ。海は青く透き通り、島々は海面から数十メートルほど岩石の肌を露にして、その上には緑鮮やかに木を茂らせている。波のほとんどない穏やかな海面に東から朝の太陽が光を斜めに降り注ぎ、海の色を微妙に変化させる。近くに他の船はない。この広い海全部を独占しているような気持ちになる。進む速度に合わせて強くなる潮風を、口を目一杯に開いて喉の奥深くまで吸い込んでみる。肺の隅々まで新鮮な潮風が行き渡り、これで今年はきっと風邪を引かない、と確信した。


青く広い海鮮やかな航跡を残して「公貴丸」は快適に進む

島は絶え間なく近づき、後ろへと引き下がっていく。ああ、この光景はいつかどこかで見たことがある、デジャヴュ、そんな気持ちがしてきた。そうだ、思い出した。今から17年ほど前、ザルツブルグでの録音を終えて、ミュンヘン、ローマ、ニューデリーと南周りで帰国した時のことだ。8月末の暑い日だった。ローマ空港を離陸し、巡航飛行に入って間もなく窓から海を見下ろすと、午後の強い陽射しが深い紺碧の地中海を輝かせ、無数の島々を浮かび上がらせていた。思わず息を飲み込む光景であった。ああ、ここから人類の文化が成熟の歩みを踏み出したのだ。ソクラテス、プラトン、アリストテレスの息吹がまだそこに漂っているような気がして、軽い眩暈を感じた。

そうだ、この五島の海は、エーゲ海のようではないか。そう思った。素晴らしい海である。こんな美しい海が、ここにあるなんて、今日までまったく知らなかった。この海のクルージングを「日本のエーゲ海クルージング」と名づけたら人気が出るのではないだろうか。川口さんに提案してみようと思う。

ほどなく、左前方に久賀島が見え、次第に大きく迫ってきた。船は奈留島との間を進み、左に曲がって、有名な「五輪(ごりん)教会」のある入り江に進んだ。


久賀島の五輪教会が見えてきた。ここに着岸、上陸する

■ホテル ダウンタウン 長崎県五島市末広町3-9
  TEL 0959-74-3939 FAX 0959-74-5130

■小料理 五松屋 長崎県五島市福江町12-1
  TEL 0959-74-5667

a2 MARINE CLUB 長崎県五島市中央町4-34 佐野ビル2F
  TEL/FAX 0959-74-5524
五島列島 福江島マップ
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