「島の魅力の最大なるものを1つ挙げよ、とお尋ねあれば…」
「そんな乱暴な質問誰がするもんですか」
「いや、あなたがするとは申しておりません、たとえばの話です。難題を与えられれば、怖めず臆さず、深慮遠謀熟考を重ね、得心感動していただける名答を算段捻出するのが私メの使命でして」
「寝不足で頭が壊れかかってるんじゃありません? それで答えは?」
「ほら、やっぱり知りたいでしょう。ずばり“海岸を含む海の景観”ですね」
「……天気を心配しすぎて熱でも出てきたんじゃない?」
「まあまあ。この金見崎の海を見ていて、あらためて思うんですよ。島ってどこにいても、ちょっと歩けば海岸に出るでしょう。小高いところに立てば四方海に囲まれていることが如実に体感できる。そして金見崎のような岬に立てば断崖絶壁に寄せる波を見ることも、遠い水平線に霞む隣の島を望むこともできる。私たち生き物が生まれた故郷である“海”と、そこから膨大な時間をかけて辿り着いた、最初の地上である“海岸”を、このように壮大なスケールで一望できるところは島しかございません。かくして島の最大の魅力は、“海岸を含む海の景観”となるのであります」
「はい、はい。次もまた素晴らしい海岸だそうですよ、“ムシロ瀬”ですって」
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| ムシロを敷き詰めたように、大きな花崗岩が密集した岩場 |
金見崎のソテツトンネルで、降りかけた雨は何とか本降りへの移行を思いとどまってくれた。金見崎から629号線をほぼ真西に約9キロ進んだ、島の西北端の海岸が「ムシロ瀬」である。空港からは約10キロ。「ムシロゼ」と発音するが、表記は「ムシロ」と「むしろ」が混在している。ここでは天城町の観光案内にしたがって「ムシロ瀬」とする。いずれにしても、岩が敷き詰められ平坦になっているのが、ワラで編んだ敷物の「筵」のように見えるので、こう呼ばれているのだ。
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| 近寄ると大小の岩が折り重なっていて、ムシロのようには見えないが… |
しかし、どうしてこのような景観が出来上がるのか、自然の造形力には驚くしかない。奄美の島では珊瑚礁の岩が多いのだが、ここは珍しく花崗岩だ。大小さまざな岩が長い間の波と風雨による浸蝕を受け、表面が滑らかになり、平たい形なっている。これらの岩がおよそ東西150メートル南北100メートルにわたって複雑に絡み合って密集しているので、少し離れて見ると、ムシロを敷き詰めたように見えたのかもしれない。しかし間近に見たり、あるいはその上に立って眺めると、ムシロという印象は薄い。むしろ(おっと、シャレみたいだ)、個々の岩の配置とその形の不思議さに驚き感動する。
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| 左側の石は、気持ちよさそうに眠るカエルに見えませんか |
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| この中央の岩は、右を向いてメスを抱え込んだカエルにしかみえない |
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| カメが首をもたげ、今まさに歩きだそうとしている |
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| 左を向いた頭巾を被った少女の顔。小さな鼻先と少し開いた唇が写実的だ |
同じ岩質でも、その大きさや置かれた場所が少しでも違うと、浸蝕の働きが変化してこういう不思議な形になるのだろうか。どう見ても何かの物体を模したとしか思えない形の岩がたくさんある。這いつくばったカエルが1匹いるなと思うと、その向うには2匹が重なり合ったのもいる。また、首をもたげて今にも歩き出さんばかりのカメがいる。動物だけではない、頭巾を被った少女までいるのだ。
波、風の激しい海岸ならどこでも、見る角度によってさまざまな物体に見える岩のいくつかはあるものだが、ムシロ瀬のように、狭い空間に密集した岩が、このように具体的な物体に見えるのは珍しい。しかも名工が巧みにノミを振るわなければ、こうはならないという“傑作”揃いなのだ。
そして、この岩の群れと海が精妙に呼応する。太陽が燦燦と降り注ぎ海が凪いでいれば、まさに南国のコバルトブルーを背景に、岩たちは静かに白く輝くだろう。そして、嵐となれば…。今回は嵐ではないが、雲が厚く垂れ込め、風もかなり強い。すると海は激しい波を容赦なく岩に叩きつけ壮烈に砕ける。しかし荒々しいこの光景をじっと見ていると、ただ灰色に沈んでいると思った海がじつに美しい色彩を放っているのに気づく。
岩に向かって大きく盛り上がった時の波の腹は、鮮やかな緑から深い青へと息を飲むような美しいグラデーションを見せているのだ。さすが南国の海である。盛り上がって崩れるまでの短い時間だが、このような曇天の中でも、本来の色を失わない。背後の暗い灰色の海原、そして岩に近づいたわずかの間だけ鮮やかな色を見せ、盛大に飛沫を上げて白く砕け散る波。波しぶきを浴びた岩もまた色合いをそれに合わせて少しずつ変化させる。海と岩による色彩の交響。やはり“海岸を含む海”は島の宝なのだ。
また、ムシロ瀬の前に広がる透明度の高い海は、クロダイ、メバル、アラ、クツナギ、ロウニンアジ、カツオなど、魚が豊富で釣り場としても人気が高い。
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| 曇天でも岩に打ち寄せる波は美しい |
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