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奄美大島は離島の中でも、有数の“スター島”的存在である。鹿児島から南へ向かうと宇宙への窓口となっている種子島、巨大な縄文杉で知られる屋久島、そしてさらに南へ点々と連なるトカラ列島が続き、そしてその南にゆったりと奄美大島が横たわる。鹿児島から約380km。鹿児島県の公式ホームページによると、面積 は712.4平方キロメートル、人口は68,617人(2008年7月7日閲覧時点)。日本の離島の中で佐渡島に次いで2番目の大きさを誇る。ボンビバンの「ゆっくりと島巡り」では、すでに13回の連載を掲載している。
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| 東京は晴れていたが、鹿児島はご覧のような小雨。南の島は風も強く無事に着陸できるかどうかは神のみぞ知るだという。フライト時間は1時間弱だ |
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| 徳之島に近づき高度を下げると、どんよりと曇った島が見えてきた |
ところで、奄美大島は周辺のいくつかの島を合わせた「奄美諸島(群島)」の主島である。これらの島々は鹿児島本土から台湾にかけてのほぼ中央に位置している。黒潮の流れの中に位置していることもあって、古くから交通や交易の中継地として、人やモノがこの島々を行き交い、豊かな奄美の文化を育んできた。
奄美諸島の主な島は、まず奄美大島の東約25kmにある「喜界島」、奄美大島南端部から大島海峡を隔てた「加計呂麻島」、そのさらに南に請島水道を挟んで「与路島」と「請島」が並んで浮かび、そこからおよそ80km南の海に「徳之島」「沖永良部島」「与論島」の3島が順に連なる。与論島の目と鼻の先には沖縄本島が迫っている。
今回、奄美諸島という新しい項目を立てて、まず徳之島、沖永良部島、与論島の3島の訪問記を連載する。そのほかの島々はなるべく早く旅して追加していくことにしたい。
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| さらに高度を下げると、風が相当強いのだろう。波が岸に打ち付けて白く砕けている。着陸できるのか不安になった |
東京から遠い南の離島に出かけるときに、いちばん気になるのは天候である。体感的距離は空の便が発達した今ではあまり感じることはないが、地理的距離は厳然としてあるから、2週間〜1ヵ月前に予定をたてるとなると、天候の予測が難しいのだ。天気予報は気象庁や予報士には申し訳ないが、あまり当てにならない。この10年、高度な観測機器が導入され観測体制も手厚くなったはずなのに、予報の確度が上がったような気はまったくしない。
やむを得ず情報とカンに頼り、決めた以上は好天を祈るしかないのである。年が明けて少し寒さが薄らいだら出かけようと思っているうちに、南の島の桜の季節が過ぎ(これもかなり予報は狂った)、ぐずぐずしていると梅雨に入ってしまう危険がある。その前の初夏の美しい空と海を見るなら今、と決めたのが4月中旬であった。1ヵ月前の予報は、特に問題はなさそう、であった。
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| 見事に着陸。滑走する窓から見ると、海は大きくうねり高い波が海岸に打ち寄せている。天気ははたして回復するのだろうか |
しかし期待は完璧に裏切られ、無情にも連日曇天、時々雨。柔らかに輝くはずのコバルトブルーの海に白い砂浜は、無残なモノトーンに沈む日が多かったのである。まず鹿児島空港で、徳之島便は予定時刻には飛ぶけれども、着陸できない可能性があり、その場合は鹿児島、もしくは福岡に戻ることをあらかじめ承知する人しか乗ってはいけない、なんていわれてしまった。墜落するよりは戻ったほうがいいけれど、それから先の予定はいったいどうしてくれるんだ、といささか天気の仕打ちには腹が立った。
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| 島の空港は、タラップを降りてターミナルビルまで歩くのが新鮮に感じられる。大きな垂れ幕には「歓迎 第21回トライアスロンIN徳之島」とある。最近離島ではトライアスロンが盛んだ。徳之島の開催は6月22日 |
離陸すると、鹿児島湾の海面が見えたのはほんの数秒ほど。あとはどうすればこれほどの雲を生産できるのかと不思議になるほどの分厚い雲ばかり。1時間ほどして徳之島に近づき高度を下げると、やっと海面が見えてきた。しかしその海は南国の4月の海とは思えないほど、どす黒く重そうにうねり、霜降りの肉のように所々で波が白く砕けていた。
着陸出来ないかもしれないな、と諦めかけていると、飛行機はどんどん高度を下げ、どうやら着陸するらしい気配。やがて、ゴツゴツンと鈍い音を立てて、機体の脚は滑走路をしっかりと踏みしめた。滑走路からは岸に波が激しく打ち寄せて高くしぶきを上げているのがまざまざと見えた。まあ天気は仕方がない。これも旅であります。私たち人間は大自然のなすがままに身を任せるしかないのですから。
「天気の悪い分、何かいいことが待ち受けているかもしれないよ」
と、空港から周辺の様子を見て気落ちしているツレアイを激励する、心やさしい男の役を演じたのでありました。

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