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ゆっくりと島巡り 案内人 船木文宏

奄美大島(11) 2007年2月21日 text&photo Fumihiro Funaki
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続・大島紬村

複雑で精密な工程を何度も繰り返して生まれる工芸品

本場大島紬にはちゃんとした定義がある。「伝統工芸品産業の振興に関する法律」という1974(昭和49年)5月に公布試行された法律の、「伝統的工芸品」の指定を受けて法的に定義されているのだ。それによると、


1)先染め、平織りであること
2)カスリ(絣)糸のカスリ合わせが手作業によって行われ、カスリ紋様を出したものであること
3)カスリ糸の染色法は、「織締め」技法であること
4)本場大島紬に使用する糸は絹に限ること

商標
厳しい検査に通ると、平さん指差している
「合格証」がつけられる

これに基づいて、奄美で生産された大島紬は、すべて本場奄美大島紬協同組合の検査場で、長さ、織り幅、カスリ(絣)不揃いなど、18種類の厳重なチェックを受けることになっている。いわゆる、不当表示、勝手表示はできない。検査に合格したものには「経済産業大臣指定伝統的工芸品 本場大島紬」という認証番号つきの合格証がつけられる。この証には「古代染色、純泥染」という文字も書き入れられている(写真参照)。


そして、その本場大島紬には以下のような種類がある。まず織り方による分類で、
1)経緯絣(たていとかすり):経(たて)糸、緯(よこ)糸とも、絣(カスリ)括りされた糸を使用する
2)よこそ:緯糸のみに絣括りされた糸を使い、経糸に縞や無地の地糸を使用する


さらに、染色法による種類として、
1)泥大島:シャリンバイ泥染法で染色した糸を用いて織り上げられた紬(黒の地色に薄茶がかった白絣を主体とした柄模様のもの)
2)泥藍大島:藍で先染めした糸を絣むしろにして、それをシャリンバイ泥染で染色したもの(地色が渋い黒地になり、絣柄の部分が藍色に仕上がる)
3)草木泥藍大島:シャリンバイ、藍以外の草木の天然染料で染められ、泥染染色法に改善を重ねて染め上げたもの
4)色大島:化学染料を使用して、色絣模様に染色したもの
5)白大島:地色を染めずに白のままで、絣模様に色を入れたもの


このように整理してみても、着物をすっかり着なくなってしまった者には、とてもわかりにくい。繊維や和服、染色に関わりのある仕事でもしていなければ、中年までの日本人にはもう、「紬」「絣」「先染め」「平織り」などは死語に近いのではないだろうか。カタカナ語が増えるのに反比例して、日本語は勢いを失ってしまう。おっと、例によって話が横道に逸れそうだ。さて、これが郷愁半分、学習意欲半分で調べてみるとなかなか面白い。少し説明を加えておくとしよう。

まず最重要なのは「紬(つむぎ)」だが、これは「紬糸織」の略で、紬糸を使った絹織物という意味。大島紬の糸は絹で、「合撚(ごうねん)」といって必要な太さに合わせ撚ったものだ。一般的には経(たて)糸は1メートルに約300回、緯(よこ)糸は約100回程度、右方向に片撚りする。この合撚した生糸から、蚕が作るセリシンという蛋白質を取り除く「精練」という作業をする。

次に「絣(かすり)」だが、これは「飛白」とも書く輪郭がかすれた模様や、そういう模様で織られた織物のことで、昔の学生がよく着ていた井桁模様の着物の柄が典型的なものだから、古い映画で見たことがあるのではないだろうか。木綿を使った絣では、久留米絣、薩摩絣などが有名だ。学生が着たのはこの久留米絣が多かった。麻を使った絣では近江上布、越後上布などの、白地に紺や茶色の模様が入った白絣がよく知られている。そして、絹をつかった絣の代表が大島紬であり、ほかに結城紬、伊勢崎銘仙なども絹の絣である。


大島紬の絣糸は絣括りといって、同じ模様になる絣糸を16本、バラバラにならないように合わせて糊付けし、張力を与えて乾燥させる。加工工芸館(前回の施設案内図参照)のある敷地に、あたかもソーメンを横に張ったように、何本もの白い糸が横に長く張ってあるのを見て、これは一体何のためなのだろう、と不思議に思ったのだが、それはこの乾燥の工程であったのだ(写真参照)。

糸を干す
乾燥中の糸。陽射しを受けてキラキラと輝いていた
「先染め」は織る前に染めること。精練であらかじめ生糸の不純物が取り除かれているので、糸自体に隙間がなく密度も高い強い糸になる。友禅とか小紋というのは後で精練されるので、生糸の不純物が、そのまま織り糸に含まれていて、「湯のし」という工程で不純物が取れると隙間ができて、手触りが弱い風合いになる。
「平織り」は経糸と緯糸を規則正しく直角に織るもので、「綾織」「シュス織」と並んで織り方の基本的なものの一つである。
締めばた
「締機(しめばた)」という大型の織機。綿糸と絹糸を組み合わせて、「織締め」というカスリ糸の染色法をする。力がいるので男性が担当する

少し難しいのが定義の(3)の、カスリ糸の染色法は「織締め」技法であること、という部分である。大島紬の絣模様は、経糸と緯糸が交差する点で作っていく「織り締め法」という手法なのだ。この作業をする織機を締機(しめばた)という。柄の図案に合わせた必要量の綿糸を経糸として機に巻き込み、これに前述の糊付けして乾燥させた絣用の絹糸を横から織り込んでいく。木綿糸で絣部分を仮織することにより、複雑で変化にとんだ独特の柄模様が出来上がるのだ。この技法が1902(明治35)年に発明されたことによって、大島紬は複雑な模様を生み出すことができるようになったのである。この織機は大型で、糸を締めるには強い力が必要なので、男性が扱う(写真参照)。

締めむしろ
「締機」で織られた「締めむしろ」。これを何度も何度もシャリンバイ、泥染で染色する

綿糸を織り込んだものは「締めむしろ(写真参照)」と呼ばれ、これを何度もシャリンバイ染色し、泥染めする。

絣模様の一部に着色するには、図案に合わせて目印をつけ、その部分の綿糸を取り除く。これを「部分解き」といい、部分解きした絣は、糊を抜いて絣部分に着色する。これを「絣擦込み」という。このように、織り込んだ綿糸を引き抜いたり、図案に合わせて正確に着色する複雑な作業は、ちょっと説明を聞いただけではなかなか理解できない。

こうして複雑極まりない工程を終えた「締めむしろ」は、最終段階で解いてやっと、1本1本の糸となって、あの女性がパタンパタンとやる織機に掛けられる段階に到達するのである。精密機械工業もかくやと思われる細やかな作業と、泥染のような力技の融合によって、伝統の本場奄美大島紬は出来上がるのだ。


部分解き   絣刷り込み
図案に合わせて模様を作るために、部分的に綿糸を抜く。これを「部分解き」という。細かい部分を染色するためだ。絣糸を傷つけないように慎重に作業しなければならない。これも男性の仕事だ
  「部分解き」した部分の染色を「絣擦り込み」という。非常に細かい作業で、時には注射器をつかうこともある

織る   模様が見える
すべての工程を終えた「締めむしろ」を解いて、その糸を織機に掛け、やっと布地を織る段階になる。女性が織るお馴染みの光景だ
  奥の方にやっと絣模様が見えてくる
紬村女性
美しい女性に見送られて大島紬村を出た

「こんなに手の掛かるものとは知らなかったなあ。高いのも納得できる。でもさ、着いた時にも思ったが、今の日本人の生活は極端に和服に縁がなくなっているから、売り上げを伸ばすのは大変だね。私だって、浴衣や着物をもっているが、着ることないもんねえ」
「お母様がちゃんとあなた用に作ってくれたのがありますけれど、ほんとにこの20年着たことないわね。そうそう、そもそも下駄も草履もないわ」
「君だって着物着ることないよね。冠婚葬祭だけか、女性も」
「それも洋装にする人が多くなってますからね」
「喪服の女性は色っぽいなんていうけれど、それも今に見られなくなるのかもしれないんだなあ」
「色気は知りませんけど、たしかに着物業界は厳しいでしょうねえ」
「いいんだか、わるいんだか…」
美しい女性に見送られてバスは村を出た。
奄美大島マップ
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