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ゆっくりと島巡り 案内人 船木文宏

奄美大島(9) 2007年1月24日 text&photo Fumihiro Funaki
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黒糖焼酎を味わい、奄美の歴史を振り返る

黒糖焼酎は奄美にだけ製造が許された特別な焼酎

「奄美自然観察の森」の展望台から龍郷湾を望む絶景には、さすがの飲兵衛オヤジたちもしばし酒を忘れた。言葉少なくひたすら海を見下ろし、その精妙な色の交響を堪能したのである。まさに美しきものは人を沈黙に導く。ところで男はとかく「美」に鈍感なものと思われているが、これは女性の大いなる誤解である。実は慎重であるに過ぎない。利己的な遺伝子の働きなんでありますよ。すなわち、男性が十分に吟味することなく容易に「美」に心を動かされては、優秀ならざる遺伝子と己の優れた遺伝子が不本意に混合してしまう危険性がある。そこで「美」なるものの前に男性は致し方なく慎重にならざるを得ない。

しかし、いったん「美」と認識したならば、男は全身全霊をあげてをこれを愛し守るのである。したがって「美」なるものを前にすると、なかなか感動から覚醒しにくいということも、まま起こる。感動の夢心地から覚醒するのは常に(?)女性が先であります。それは女性が…。

「何ぶつぶついってるんですか、Fさん。すみませんがちょっとシャッター押していただきたいのよ。海がちゃんと写るように気をつけてね。ほら、あなた早くこっちに来てちょうだい」
菅谷えりか添乗員と森の案内人作田さんの龍郷湾をバックにしたツーショット

と、K夫人が男性の生理と心理を完全に無視して、元気一杯にご命令を発するのでありました。この時点までに小生の写真の腕が並々ならぬものであることを、しっかりと認識し、積極的に評価せざるを得なくなったグループの女性たちは、抜かりなくこの絶景での記念撮影を私に託したのであります。森の案内人、作田さんはさすが賢明な方でありまして、わずか1時間の観察で私の才能を見抜き、

「あのお、私もひとつお願いしたい。菅谷さんと一緒に撮ってくださいませんか」

と、齢の功と申しますか、学者の大胆といいますか、先生は添乗員の菅谷えりかさんとのツーショットをご所望されたのございます。何はともあれ、私の心優しい献身的な働きによって、5組10人の連帯感はいやが上にも高まりました。しかし、別れの時は冷酷にも数時間後に迫っております。まことに人生は行雲流水の如し、会うは別れの始めなり、であります。


「Fさん、景色もいいが、少々腹が空きましたなあ。次は浜千鳥の奄美大島酒造に行くはずですが、昼食が先でしょうかねえ、それとも試飲が先だろうか?」
「Kさん、菅谷さんに訊いたら、まず工場見学、それから昼食、そして試飲、という順だそうです」
「ああ、そうですか。見学はほどほどでいいんですがねえ。飲むか食べるかを優先してほしかったですなあ」
「あら、またあなたたち飲む話で盛り上がってるようね。Fさんは家でも毎日飲むんですか?」
「ええ。飲むのはかまわないんですが量が気になるのと、休肝日がねえ、ちゃんと守れなくて困るんです」
「Fさん、こういう方向に話が進行するときには、先に歩いちゃうに限ります。バスは下で待ってるんですから、さあ、一緒に行きましょう」

Kさんと私は、10年来の友人のごとく心を一つにして山を降りたのでありました。


製造工場はこの手前奥にある別な社屋で、遊園地のように見える建物は宴会場、レストランとなっている。昼食と黒糖焼酎の試飲はこの建物で行なわれた
工場入口では代表製品の焼酎ボトルが迎えてくれる
「さあ、皆さん。お別れの時間が刻々と迫ってきておりますが、これから先ほどの山道を降りまして、奄美大島酒造さんの見学にまいります。最初に製造工場を見学していただいて、それから同じ敷地内のレストランで昼食をいただいてください。今日は鶏飯ですよ。奄美の代表的な食べ物ですからみなさんご存じと思いますが、じっくりと味わってください、ね。それからお待ちかねの焼酎試飲が出来ます、よ。お楽しみいただきたいんですが、そこで終了じゃありません。まだ、行くところが何ヵ所かありますから、飲みすぎないように、ご注意願います、ね。と、お話している間にもう着いちゃいました、よ。では、集合は1時ということですから、1時間半、どうぞごゆっくり」

相変わらず噛んで含めるような上原さんのスピーチである。独特の調子も、3日目になると、すっかり耳に心地よく、モーツァルトのアダージョのように響きます。そういえば、10人のうち何人かは常に上原さんの声を子守唄にウトウトしておりました。


工場前の龍郷湾は引き潮で、こんな状態だった
工場の説明をしてくれた係の方。
お名前をメモしそこないました

黒糖焼酎は奄美にだけ製造が許された、特別な焼酎である。黒糖だけで作るとテキーラと同じスピリッツに分類されて、酒税法が異なるので高くなる。そこで1953(昭和28)年、日本に復帰した際に、製造過程で米麹を使うことにして、一般の焼酎と同じ酒税の適用を受けられることになった。飲兵衛にはどうでもいいようなことだが、法律って面倒なものである。

ここでいつものとおり少しばかり話が横道にそれるのであるが、昨年(2006年)9月、南方新社から『奄美の債務奴隷ヤンチュ』(税込2,100円)が発行された。著者は奄美大島出身の名越護さん。現物はまだ入手していないのだが、書評で知った。「ヤンチュ」というのは債務奴隷のこと。薩摩が奄美諸島に侵攻、直轄地として支配したのは1609(慶長14)年であった。薩摩藩は奄美の耕作地をサトウキビ生産にどんどん切り替えさせ、それを独占収奪したのである。島民は一片の砂糖さえ口にできず、わずかな隠し畑で作ったサツマイモで飢えをしのぎ、飢饉の時には食べるものがなく餓死者が続出。多くの人が豪農から金を借りざるえなくなり、借金地獄に追い込まれ、「ヤンチュ」という奴隷に身を落とすことになったのだそうだ。この奄美収奪の悪政によって薩摩藩は赤字財政から立ち直ったし、明治維新も西南戦争も、奄美の黒糖がなければ実現できなかったと著者は見ているのだ。奄美大島の悲しい近代史の一面である。ぜひ、ご一読を。

私が選んだ、原酒と高倉のボトルとパッケージ

さらに脱線になるかもしれないが、現在黒糖焼酎に使われる黒糖のほとんどが、奄美産ではなく沖縄産であるという。奄美の黒糖は砂糖やその加工製品となってしまい、焼酎まで回らないのだ。しかし、沖縄産の黒糖を使っても、黒糖焼酎は奄美でしか生産できないことに変わりはない。香り高くまろやかな黒糖焼酎を飲むにあたっても、Kさんや私のような心優しい男の胸にはさまざまなことが去来するのである。

奄美大島酒造株式会社

〒894-0034 鹿児島県奄美市名瀬入舟町8番21号 TEL0997-52-8441 FAX0997-53-2119
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発売元 有村商事株式会社
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