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「奄美自然観察の森」の展望台から龍郷湾を望む絶景には、さすがの飲兵衛オヤジたちもしばし酒を忘れた。言葉少なくひたすら海を見下ろし、その精妙な色の交響を堪能したのである。まさに美しきものは人を沈黙に導く。ところで男はとかく「美」に鈍感なものと思われているが、これは女性の大いなる誤解である。実は慎重であるに過ぎない。利己的な遺伝子の働きなんでありますよ。すなわち、男性が十分に吟味することなく容易に「美」に心を動かされては、優秀ならざる遺伝子と己の優れた遺伝子が不本意に混合してしまう危険性がある。そこで「美」なるものの前に男性は致し方なく慎重にならざるを得ない。
しかし、いったん「美」と認識したならば、男は全身全霊をあげてをこれを愛し守るのである。したがって「美」なるものを前にすると、なかなか感動から覚醒しにくいということも、まま起こる。感動の夢心地から覚醒するのは常に(?)女性が先であります。それは女性が…。
「何ぶつぶついってるんですか、Fさん。すみませんがちょっとシャッター押していただきたいのよ。海がちゃんと写るように気をつけてね。ほら、あなた早くこっちに来てちょうだい」
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| 菅谷えりか添乗員と森の案内人作田さんの龍郷湾をバックにしたツーショット |
と、K夫人が男性の生理と心理を完全に無視して、元気一杯にご命令を発するのでありました。この時点までに小生の写真の腕が並々ならぬものであることを、しっかりと認識し、積極的に評価せざるを得なくなったグループの女性たちは、抜かりなくこの絶景での記念撮影を私に託したのであります。森の案内人、作田さんはさすが賢明な方でありまして、わずか1時間の観察で私の才能を見抜き、
「あのお、私もひとつお願いしたい。菅谷さんと一緒に撮ってくださいませんか」
と、齢の功と申しますか、学者の大胆といいますか、先生は添乗員の菅谷えりかさんとのツーショットをご所望されたのございます。何はともあれ、私の心優しい献身的な働きによって、5組10人の連帯感はいやが上にも高まりました。しかし、別れの時は冷酷にも数時間後に迫っております。まことに人生は行雲流水の如し、会うは別れの始めなり、であります。
「Fさん、景色もいいが、少々腹が空きましたなあ。次は浜千鳥の奄美大島酒造に行くはずですが、昼食が先でしょうかねえ、それとも試飲が先だろうか?」
「Kさん、菅谷さんに訊いたら、まず工場見学、それから昼食、そして試飲、という順だそうです」
「ああ、そうですか。見学はほどほどでいいんですがねえ。飲むか食べるかを優先してほしかったですなあ」
「あら、またあなたたち飲む話で盛り上がってるようね。Fさんは家でも毎日飲むんですか?」
「ええ。飲むのはかまわないんですが量が気になるのと、休肝日がねえ、ちゃんと守れなくて困るんです」
「Fさん、こういう方向に話が進行するときには、先に歩いちゃうに限ります。バスは下で待ってるんですから、さあ、一緒に行きましょう」
Kさんと私は、10年来の友人のごとく心を一つにして山を降りたのでありました。
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| 製造工場はこの手前奥にある別な社屋で、遊園地のように見える建物は宴会場、レストランとなっている。昼食と黒糖焼酎の試飲はこの建物で行なわれた |
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| 工場入口では代表製品の焼酎ボトルが迎えてくれる |
「さあ、皆さん。お別れの時間が刻々と迫ってきておりますが、これから先ほどの山道を降りまして、奄美大島酒造さんの見学にまいります。最初に製造工場を見学していただいて、それから同じ敷地内のレストランで昼食をいただいてください。今日は鶏飯ですよ。奄美の代表的な食べ物ですからみなさんご存じと思いますが、じっくりと味わってください、ね。それからお待ちかねの焼酎試飲が出来ます、よ。お楽しみいただきたいんですが、そこで終了じゃありません。まだ、行くところが何ヵ所かありますから、飲みすぎないように、ご注意願います、ね。と、お話している間にもう着いちゃいました、よ。では、集合は1時ということですから、1時間半、どうぞごゆっくり」
相変わらず噛んで含めるような上原さんのスピーチである。独特の調子も、3日目になると、すっかり耳に心地よく、モーツァルトのアダージョのように響きます。そういえば、10人のうち何人かは常に上原さんの声を子守唄にウトウトしておりました。
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