おとなのたまり場 > いつでもbon vivant > ゆっくりと島巡り > 奄美大島(3)
ゆっくりと島巡り 案内人 船木文宏

奄美大島(3)(2006年6月7日) text&photo Fumihiro Funaki

名瀬漁協で巨大イカに遭遇、古仁屋港へ

朝の漁港、競りは見られなかったが、巨大イカに遭遇!?

昨夜はうっかり漁協の競りの開始時間を聞き忘れてしまった。まったく見当がつかないので、どうしようかとカミさんに相談すると、昨日の疲れが少し残っているようであまり元気がない。朝食を先にして、一息ついてからにしたいが、もしもっと早く行きたいのなら一人で行ってほしい、という。こういう場合は、相手の真意を汲み取り、その欲するところに躊躇なく従うのが円満に旅を続ける秘訣である。迷うことなく朝食を先にすることにした。バイキング方式の朝食を7時半に済ませて漁協に向かった。

「奄美海洋展示館
ホテルのすぐ前にある漁協の朝。競りは終わっていた

外に出ると幸い天気はいい。島の天気は変わりやすいというが、直感的に今日は大丈夫だと思った、なにしろ自分は相当な晴れ男だから。漁協に着くと、広い荷捌き場にはほんの3、4人の係員しかいない。椅子に座って静かにしている。競りは終わってしまったようだ。正式な入場許可がないので、遠慮しながらそっと近づくと、係員はまったく気にしない、勝手にどうぞ、という風情だ。彼らの足元には色とりどりの魚が入った箱が数個置かれている。イセエビもある。魚には競り落とした人の記号なのか暗号のような文字が書かれた紙が貼ってある。

色とりどりの魚が箱に仕分けられていた
袖イカという巨大イカには驚いた

カミさんはまだ元気が出ない様子なので、ゆっくり海を眺めれば気分が変わるだろうと思い、係員には話しかけず、先の防波堤の方に進んだ。すると、前方から台車を押してくる人がいて、そこには今まで見たことの無い大きなイカと赤い魚が載せられている。驚いて思わず、
「これ、イカですか?」
と、声をかけてしまった。こちらでは袖イカというらしい。普通のイカの20倍もあろうかという大物だ。

今朝の出発は午前9時。熟年向けにスケジュールはゆったりと組まれている。5組10人のメンバーは全員遅れずにロビーに集合した。この世代は集合時間に遅れることはほとんどない。子供のときから家庭でも学校でも、うるさく躾けられたから時間を守るのは少しも苦ではないのである。むしろ遅れて他人に迷惑をかけることを恐れる。明るい笑顔で迎えてくれた添乗員の菅谷えりかさんと、バスガイドの上原早苗さんはもう家族の一員になってしまったという感じである。メンバー同士も気軽に会話を交わすようになった。
「あら、7時半に漁協に行ったの? それは遅かったわね。私たちは6時に行ったから、競りの様子が見られたわよ。袖イカにも驚いたけど、魚の種類が結構多いんで驚いた。1種類ずつの量は少ないんだけどね。シイラ、ブダイ、メバル、キハダマグロ、イセエビ…。あんまり大声で競るって感じじゃなかったわよ。まず重量を計測するのね、そして魚種と重量を紙に記録して、その紙を見てなんか知らないうちに落とす人が決まっていくような感じ」
と、話してくれたのは、昨日大浜海浜公園でシュノーケルとヤスの自称漁師に話しかけていた小林さんの奥さん。今日も朝から元気一杯だ。

南国の美しい自然を堪能しながら南西に向かって古仁屋港へ

さて、今日最初の目的地は島の南西端、瀬戸内町の古仁屋港。ここから半潜水式観光船に乗って、海中のサンゴ礁と熱帯魚を観察するのだ。バスはホテルを後にしてまず南下、国道58号線に出る。道はよく整備されて振動が少ないから実に快適なドライブだ。58号線は鹿児島市を基点にして沖縄の那覇市までを結ぶ国道で、全長248.7キロ。奄美大島内の基点、笠利町から終点の瀬戸内町までは73.3キロでかなりの距離がある。奄美大島は沖縄本島、新潟の佐渡島についで、3番目に大きな島なのだ。


漁協前の道端に咲いていた可憐な「車輪梅」。この根が大島紬の染料に使われる

そうそう、書き忘れるところだったが、奄美大島には3月20日から市町村合併で、新しい市が誕生した。名瀬市と、住用村、笠利町が合併して「奄美市」となったのである。われわれの旅はそれを祝福するかのように、誕生後間もない3月26日から始まったという次第!!

奄美市の人口は昨年の国勢調査速報値によると49,592人。面積は306.07平方キロメートル。各市町村の名前はそれぞれ奄美市名瀬、奄美市笠利町、奄美市住用町と変わった。ガイドの上原さんはつい「住用村」といってしまい、その度に「住用町」と訂正している。


住用町地区の美しい自然。まるで絵葉書のようだ…

名瀬と住用町の境にあるトンネルの長さは2,435メートルあり、27本ある奄美のトンネルのなかで最長を誇る。特に誇ることもないのだが、このトンネルが出来たことで、困難な山越えの必要がなくなり、島の発展に大いに寄与したのである。やっぱり誇るべきか!! 不要な高速道路は作る必要がないけれど、全国にはまだまだ必要な道路やトンネルがある。一律に公共事業を減らすのではなく、無駄を削って必要なものにお金を掛けるという、ごく当たり前のことが、政治というフィルターを通すと、なぜか歪んだ方向にそれてしまう。情けない。しかし、閑話休題。


瀬戸内町海岸沿いの美しい集落。歌手、元ちとせはここで生まれた

上原さんの説明によると住用町の人口は約1,700人。このあたりは以前は奄美でも陸の孤島と呼ばれていたそうだが、トンネルが出来たことや、出産祝い金などの人口増対策があってかなり活性化しつつあるようだ。「弁当忘れても傘を忘れるな」といわれるほど天気は変わりやすく、雨が多いけれど、タンカンという甘いみかんがよく育つ。
「ああそうそう、この地域にすむイノシシはタンカンが大好きで、ちゃんと皮を残して中身だけ食べるんですよ」
と上原さんはいうが、ニヤニヤしているので真実のほどはわからない。バスの車窓から見える山並みと、その合間から見える太平洋が実に美しい。かなり高い位置から斜めに見下ろしているので、海面の色はここからではまだ鮮やではないが、緑の山々と海の入り組んだ光景は、南国の島ならではの美しさにあふれている。こんな所なら何時間走っても飽きるなんてことはない。“絵葉書のような”とか“絵に描いたような”という俗な形容が、輝かしく思えてきて口に上りそうになる。

古仁屋港
古仁屋港。対岸に見える山並は加計呂麻島

国道に沿って役勝川という清流が流れていて、琉球アユ、手長エビ、ウナギなどが獲れる。ウナギをぶつ切りにした味噌煮はここの名物だそうだ。役勝川と住用川が合流する約70万平方メートルのデルタ地帯には原生林が発達し、マングローブで有名だ。ここには、今日後ほど戻ってゆっくりと観察することになっているので、今は先に進む。


奄美出身の歌手、元ちとせの健康法を紹介する5月28日の朝日新聞「be on Sunday」

ほどなくバスは峠を越えて、瀬戸内町に入り、眼下の海沿いに集落が見える。ここはかつて17戸ほどの小さな集落で、ご存じ、元(はじめ)ちとせの生地だ。「“100年に一人”とも評される独特の声。保つ秘訣は“毎日歌うこと”」という書き出しで、5月28日の朝日新聞「be on Sunday」の「元気のひみつ」というコラムで、音楽活動再開後の彼女の健康法が紹介されている。「1日大さじ2杯の黒酢」をトマトジュースに入れたり、炭酸で割ったりして飲み続けているそうだ。彼女のような歌い手になりたい女性は見習ってはいかが。

出発後約45分、バスは瀬戸内町の古仁屋に着いた。港の空気がうまい。カミさんもすっかり元気になった。上原さんがそっという、
「港なんだけれど、ここはあんまり海っぽい匂いがしないでしょう? これはね、奄美の海には海草が少ないからなんですって。いわゆる海って匂いは、海草があって出るものらしいですよ」

なるほど、そういわれてみればいかにも海に着いた、という匂いが薄い。勉強になりました。よく晴れて対岸の加計呂麻島がはっきりと見える。ああ、島尾敏雄少尉が悶々として敗戦の日を迎えたあの島が、今、自分が目にしているあの島なのだ。


「人間魚雷なんて恐ろしいものが、こんな美しいところにあったんだねえ」
「ほんとに。信じられないわね、人間って愚かなんだか、賢いんだか…」
奄美大島マップ
前のページへ戻る   次のページを読む
ゆっくりと島巡り|トップへ戻る 奄美大島トップへ戻る TOPへ