1950年代前期はウエスト・コースト・ジャズの全盛期で、ニューヨークには見られない活況をみた。マックス・ローチ(Max Roach/ドラムス 1924-2007)は、コンサート・プロモーターのジーン・ノーマン(Gene Norman 1922-)から、自身のグループでの活動を勧められ、ニューヨークからクリフォード・ブラウン(Clifford Brown/トランペット 1930-56)を連れてロサンゼルスに乗り込んだ。テナー・サックスには一時テディ・エドワーズ(Teddy Edwards 1924-2003)が入ったが、 54年8月、メンバーをこのディスクのメンバーに一新してこれをレギュラーとした。
翌年、主導権を奪われたウエスト・コーストに巻き返しを図ったニューヨーク・ジャズ界に戻り、ロサンゼルスに帰るハロルド・ランド(Harold Land/テナー・サックス 1928-2001)の後任に、ジャズから離れてシカゴで肉体労働をしていたソニー・ロリンズ(Sonny Rollins/テナー・サックス 1930-)を入れて、クリフォード・ブラウンが25歳で事故死するまで、クリフォード・ブラウン〜マックス・ローチ・クインテットは、そのメンバーのままで継続したのであった。
「Jordu」の決定的名演として知られるこの作品は、クリフォードはもちろん、全員がすばらしいソロを繰り広げる。
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