初めてこの曲の総譜を見た作曲家のシューマンは「天国的な長さだ」といったと伝えられている。長いといっても、1時間以内に収まる程度であり、後のマーラーやブルックナーなどの交響曲にはもっと長いものがある。また「天国的な」が「長さ」の修飾語ではなく、「天国的で、長い」という具合に独立しているなら同感である。たしかに天国的な響きに満ちているからだ。しかしこの曲はこれまで、シューベルトのほかの作品に比べて、構成のスケールが大きく、壮大でエネルギッシュだという側面が強調されてきた感がある。多くの人はこの曲にいわゆる“シューベルトらしさ”よりも、男性的活力が旺盛で、人生と戦うというような力強いイメージを受け、曲の構造も複雑で多弁なものだと思いがちだった。しかし、ロマン派以降の多くのドラマティックで複雑な仕掛けの音楽を数多く聴いた者にとっては、むしろ歌謡的な旋律が耳に残るシューベルトらしい美しい曲に感じられる。分厚い和声に包まれながらクレシェンドする息の長いフレーズも、彼の歌曲に通じる人間愛に満ちた優しさに常に彩られているのだ。この曲は生前には演奏されることのなかった不幸な作品だが、じっと聴きこんでいくと、人生を肯定的にとらえ、多くの仲間たちとの友愛に満ちた生涯を送ったシューベルトの遺書とも思われてくる。
名演奏の多い作品だが、ここではサイモン・ラトル指揮、ベルリンフィル盤を選んだ。どの楽章も充実した響きでエネルギッシュに前進しするが、その底に優しくて深い歌謡性が十分に描き込まれている。ヨーロッパ音楽の伝統が体の芯までしみこんだラトルならではの名演といっていいだろう。
なお、通常CDの他にも、サイモン・ラトルのインタビューと演奏風景が収録されたCD-EXTRA仕様盤もあり、これも入手可能だ。
◇2005年6月ライブ録音(この項、案内人・船木)
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