親父は竹久夢二が大好きでした。今で言う追っかけで、ついてまわって夢二の出版の仕事などをしていたんです。
子どものころのぼくは、そんな親父に手を引かれたり、バスに乗ったり、地方にも連れられて行きました。夢二が歩いたところを追って転々としていたんです。出版の仕事ですから、親父は写真も撮っていまして、使っていたのは二眼レフ。当時はカメラを持っている人は少なかったのです。親父はそれ以前、満州(中国東北部)で暮らしていまして、カメラを手にしたのは誰よりも早かったようです。
ですから子供の頃、気がついたら家にはカメラがあった。カメラのほかにアコーディオンがあって、親父がそれを弾いて、母親がダンスみたいなこともしていた。そんな家庭に育ちました。 |
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