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もういちどカメラ
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藤森元之
「写真を撮ることに悩み始めていませんか?」
「そんなことありませんよ……」
「でも、ショット数が減ってきていますね」
「撮る前に、これは写真にならないなと思うようになってきたので、シャッターを押さなくなったのです。それって、進歩なんじゃないでしょうか?」
「一概にそうとは言えません。前は、もっといろいろ撮っていましたね。つまらない写真もあったけれど、ハッとさせられる斬新な目が感じられて、それを見るのが楽しみだったのですが」
「つまらない写真がなくなってきたとは感じていますが、斬新な写真もなくなってきたのでしょうか?」
「ええ、写真とはこういうものだと決め付けているように感じられます」
「そういう意識はあります。でも、それじゃいけないのでしょうか?」
「まだ早いと思いますよ! 枠にはまった写真を撮り始めるのは。写真とはこんなもの、と決めつけると、被写体を見なくなります」
「見ているつもりですが……」
「伝える写真という意識が強くなっていて、被写体が発するメッセージを受け止める感性が弱くなっているのですよ! もっと直感的に被写体のメッセージを撮る写真があってもいいと思います」
「では、どうすればいいのでしょうか?」
「被写体を見て、あっ、きれいだな、こんな景色が写真になるな、パシャ、と撮っていますね。でも、もっと見て、感じてください。そうすると、被写体の発信しているメッセージが聴こえてきます」
「直感的に撮らなくてはいけない――でも、ありふれた写真の型に毒されず、被写体の声を聴け、ということですか?」
「そのとおり。見る人とのコミュニケーションは大切ですが、それ以前に、被写体との対話を通じた共感がなくては、伝えることができません。それでは写真を撮る意味がないのです」
「……そうでした……。もっと共感を大切にしなくては……」
「最初のころ、ハッとするいい写真があったのは、技術が伴わなくても、被写体との共感があったからです。それがいまでは、型にはめようとして共感をないがしろにしているからではないでしょうか?」
「そうですね。もっと直感を大切にして、被写体と対話するようにします……」
●高尾山〜神代植物園
午後になって晴れ間がのぞき、明るい陽射しで色があざやかになってきた。
f4.5 1/200秒
繰り返し何度もお詣りする修行者だろうか。その真摯な様子と白い衣装が感動的だ。何枚も撮ったが、画角が決まらなかった。露出も明るい石畳から白衣の修験者、暗い拝殿の奥まで見せるのはむずかしい
いい背景に、いい役者が現れた。チャンスを逃さずタイムリーに捉えた腕前は立派です。信者の白装束と真摯なうしろすがたが画面を引き締めています。新緑と朱と白の色彩的なバランスもいいですね。むずかしい露出をうまくクリアーしてすぐれた作品に仕上げています。
モチーフ
構 図
ピント
露 出
表現力
光線の選択
f7.1 1/125秒
薬王院境内の芍薬。手前の黄色に色づいた葉をややボカして、樹皮と花に焦点を当てた。明るい背景をとび気味にできればいいなと考え、構図を決めた。ねらいはおだやかな春だ
一見して、太い幹にとってつけたような花、カメラマン氏がねらう「おだやかな春」というよりも、絵画的なシュールな味が表現されているように思います。緑の葉のボケた動きとシャープな花の対比もおもしろい。このようなケースでは、カメラのフラッシュを使って全体を明るく、奥行きのない平面的な絵作りをしてみたらさらにシュールな味わいのある作品ができたと思います。カメラマン氏の感性が光ります。
f8 1/125秒
奉納のお神酒と狐が整然と左右対称に配置されていた。最近は、正面からパンフォーカスをねらうことが多い。被写体をできるだけ精密に見せたいからだ
真正面からの精密な描写は、この被写体でこそ見ごたえのある作品となりました。小絞りの効果で、シャープネスと同時に質感の描写も精緻になり、祠の作りや、中の様子など覗き込みたい衝動にかられます。被写体の大きさがわかるような要素がほしかったですね。
モチーフ
構 図
ピント
露 出
表現力
光線の選択
f8 1/125秒
ご神体は天狗なのだろうか? 天狗の一本足の下駄らしきものが異形だ。超広角で掃除のおじさんを配して撮る
ワイドレンズのパースペクティブをいかした画面構成は見慣れたものですが、被写体の非現実的な奇妙さと掃除をする人物の対比がおもしろい。レンズワークとシャッターチャンスがよかったですね。
f11 1/160秒
これは石楠花だろうか。豪華な花びらだ。手前のつぼみをボカして、花びら群を際立たせた。この1枚は、花はきれいだが雑然とした構図で、私にはあまりいい写真と思えない
斜光線をうけて輝く石楠花の透明感は、この時大変美しく、感動的なものであったでしょう。構図を考えるまえに、その感動をどう表現するかに取り組まないといけません。また、手前の蕾をぼかす意図ならば、絞値f11は絞りすぎでしょう。雑然とした配置というより、被写体を見る眼が雑然としているように思えます。
f5.6 1/125秒
薬王院への参道がそのまま登山路になっている高尾山は、手入れが行き届いている。参道の脇道は、どこに通じているのだろうか。こういった景色は、いつも撮りたくなる。画面に人がほしいが、通ることもないので、手前に葉を入れ、アクセントをつけた
地味ですが、参道の雰囲気がよく表現されています。石段の道がアクセントになってよかった。1年また1年とおそらく100年以上の時を重ねた石段に焦点をあてて迫ってみたい。そうすることで、さらにインパクトのある画面構成ができ、対象と向き合った作者の意図がつよく表現されたと思います。
f11 1/200秒
神代植物園で自習。植物園脇の深大寺の池に、亀が幾重にも重なって休息中。青空の映り込みの青をきれいに出せるよう露出を決める。映り込みの景色が好きだ
とてもユーモラスな池の景色ですね。亀の甲羅干しはよく見る風景ですが、生き物なのに微動もしない、その生態の奇妙な雰囲気が表現されています。構図もよく、水に映る空の青さがやや暗い画面に明るさを添えています。