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写真で綴る自分史 もういちどカメラ 藤森元之

押しかけ写真塾 藤森元之 プロフィール
実践編第2ステージ 写真を続ける力とは!? 第3回 被写体を見る眼
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  写真を撮るとき、被写体と向かい合うのに2つの考え方があるようだ。たとえば、きれいな花を見たとき、その美しさを忠実に写し取ろうとして技術を駆使する撮り方がひとつ。もうひとつは花の盛りを美しい存在ととらえ、ものごとの盛りと滅びへの想いをそこに託す撮り方だ。
対象をありのままに写す写実的な表現と、ある想いや観念を被写体に仮託する象徴的な表現手法の2通りのどちらを選ぶかは、シャッターを押すとき直感的に決めている。だが、そう決めるのはなんらかの理由があるはずで、それを心の奥から引き出す作業が「被写体を見る眼」なのかもしれない。
今回はそれを追求してみよう。
 

押しかけ写真塾は、撮影の場所を決めて先生と半日撮りながら指導を受け、その日に撮った100枚以上の写真の中から10枚を選んでもらって、その写真にコメントをつけ、先生の講評をいただくというスタイルを続けている。

撮った写真の中から「押しかけ写真塾」に掲載する10枚を選んでいただくわけだが、これを選んでもらいたいなという写真が選ばれないで、これが? という写真が評価されることがたびたびあった。

中級編第6回では「よい写真の選択の基準」を取り上げて指導を受けたが、自分の評価と先生の評価がなぜ食い違うのかわからないことが多かった。正直なところ今もまだよくわからないでいる。その辺をもう一度、整理してみよう。

シャッターを押すのは、何かを感じたからで、その理由をもっともっとはっきりさせなくてはいけないのではないだろうか。それは、色や形が美しいからだったり、はじめて見た感動があったりするからだが、そのほかにも理由がありそうだ。それは、最近思い当たったことだ。

これまで撮った写真の講評の中で、「心象風景」と講評された写真があった。この写真はとくに意識して撮った写真ではなかったが、その講評はずっと気にかかっていた。なぜそういわれたのか、どうして先生がそう感じたか、今回はあらためてそれを追求してみる必要がありそうだ。
 

写真を撮る際の考え方として先生は「見る人に感動を伝える写真を撮れ」と何回も教えてくださった。写真をコミュニケーションツールと考え、写真に語らせるように撮れ、ということだったように思う。撮る人と見る人の関係を強く意識しなさいという教えは納得のいく言葉で、以後、私が撮る写真はそうしてきたつもりだ。「きれい」から「きれい+共感」を伝える写真にしようとしてきたのだった。

だが、心象風景といわれる写真ではどうだろうか。カメラ雑誌などの投稿には「心象風景」と題した写真が多いことは知っていた。自分の心をさらけ出すようで、なんだか気恥ずかしいタイトルだなと感じていた。しかし、私の写真がそう評価されたとなると「心象風景」という言葉から逃げずに、立ち向かわなくてはいけないだろう。

心象風景と分類される写真には、「撮る人と見る人」という関係以前に「被写体と撮る人」という関係がある。自分の想いを被写体に託して撮るわけだから、そこには被写体と撮る人との対話があるはずだ。それを意識していなくても、なにか感じていたはずだ。被写体に仮託して心情を伝える撮り方は、被写体との関係を深く意識しないと独りよがりの写真になってしまう。

これまで考えていた「撮る人と見る人の関係」以前に、被写体との対話が先にあって、被写体が訴えていること、撮る人が被写体のどこに共感しているかを確認すること。それが“被写体を深く見る眼”ということなのだろう。

 
●高尾山を撮る

今回の撮影は高尾山。晴れていれば丹沢から秩父連峰まで見渡せ、中央に富士がある風景ということで晴天を期待したが、残念ながら曇り空。午後から晴れそうだという予報に期待する。急勾配のケーブルカーを降りると、頂上へ続く山道はそのまま薬王院の参道で、手入れが行き届いている。

f8 1/160秒
コメント
着眼点は、空と杉と新芽。高尾山薬王院の建屋をどこまで写すかがポイントと考えた。神社仏閣は絵になるが、実際にファインダーをのぞくと写したくないものが多すぎるので、何を写さないかの引き算になる。写真に動きを出すために老夫婦を入れたが、小さすぎる。人物を入れるとき、小さすぎる傾向がある
講評
眼の前に広がる美しい景色、つまり、時を経た古刹の建物、杉の大木、季節の光、新緑、旅行者などが計算された構図として表現されています。そこからはカメラマン氏の「観光のまなざし」を感じますが、明確な意図はよくわかりません。「観光のまなざし」に加え、被写体の魅力発見を視覚的に見せてほしいですね。
f20 1/200
コメント
新緑と雲がきれいだ。それをどう表現するかを考え、人工物をカットして空を大きく写した。場所は山頂の展望台。空と新緑の比率がむずかしい。雲の色を出すためにかなり絞った
講評 採点
気持のよい作品です。対象をじーっと眺めるカメラマン氏の眼力を感じます。もちろん、適正な露出や優れたフレーミングや構図に負うところがありますが、テクニックを超えて、被写体をよく見ることの大切さを教えてくれる1枚です。
モチーフ
構 図
ピント
露 出
表現力
光線の選択
f13 1/200秒
コメント
山頂の展望台。頂上にきてホッとした感じが漂っていたので、それを表現しようとした。どの被写体も重要なのだが、ピントは手前の2人。日陰から空まで露出の幅が広く、苦労した
講評
山道を登ってやっとたどり着いた時のホッとした気分、汗がスーッと引いていくすがすがしい気分、そんな感じが上手く表現できていると思います。手前の2人と奥に立つ2人の位置関係をもうすこしよいバランスにしたい、かといって、あまり決めすぎるのはよくないのでポジションをちょい移動、ではどうでしょうか。
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