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写真で綴る自分史 もういちどカメラ 藤森元之

押しかけ写真塾 藤森元之 プロフィール
実践編第2ステージ 写真を続ける力とは!? 第2回 着想・着眼点
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●胸の奥に秘められた想いに響く風景

写真を撮る際の目のつけどころ、いわゆる「着想」とか「着眼点」とかいうと、すこし写真を撮りなれた人なら、奇抜なアイデアや変わったテクニックを想像するのではないでしょううか。しかし、そのような表層的なものは、一時的には共感を得られても、いずれ日常のなかに埋没して忘れられてしまうものです。

では、写真における「着想・着眼点」とはなんでしょうか。それは、被写体を眺めたとき、そこに胸の奥に秘められた想いと共感する何かがあるからだと思います。


作例1
f9 1/ 50秒 ISO 200

川越の民家の入り口、ヤツデの葉に差込む陽射しが明るい。


●夕焼けの空を映した水溜り

その例として、私が体験したある出来事にこのテーマを探る手がかりがあると思うので、個人的な事柄ですがあえて書いてみましょう。

私は、毎日朝夕1時間ほどの散歩をしていますが、その散策路は川の岸にそった道で、犬を連れた人や、ジョギングをする人たちがやってきます。とくに整備されたわけでもなく、雑草の生えた砂利の道です。その散策路の途中に水溜りがあって、いつも避けて歩いているのですが、たまたま、ある秋の夕暮れに、その水溜りがいつもとは違った印象で私の目にとびこんできました。

薄暮の中に、夕焼けの空の色を映して鏡のように光っている、その水のオレンジ色が、幼い日の記憶に刻まれた母の呼び声となって、こだまのように聞こえてきたのです。胸に熱いものが去来します。

だがそんな温もりの風景もすぐに消えました。少年の自転車がその鏡を2つに割って過ぎる。タイヤが水をはねる、「ア、イタ−ッ!」おもわず声が出てしまいました。私は、水溜りからダブルパンチをくらってノックアウトされた気分でした。

その時から、水溜りは私にとって身近な存在となります。散歩の時は決まって眺めます。冬の寒い朝、水溜りは氷が張って不思議な紋様を描いたりもします。そこから、「水ってなんだ!」と想いはめぐり、あらぬ方向へ飛び火して、そばを流れる川の水面を覗き込んだりしていました……。


作例2
f4.9 1/60秒 ISO 100

散策路の水溜りは今も私のそばにある。
作例3
f8 1/250秒 ISO 400

散策路の水溜り―冬の朝。         

話の概要は以上ですが、このとき私が切実に感じたことは、風景にかぎらず、身近な愛着のある場所、家の中、周辺など日常慣れっこになってしまった対象が、ほんとうは見えていないのではないか、見ることを放棄しているのではないか、日々イメージの洪水に溺れてしまって、対象が発信するさまざまなシグナルを感じ取る力が麻痺しているのではないか、こんな不安の心でした。


●感動を受け止める心の扉を開けておく

自分にとって都合のよい美しさを被写体にあてはめ、見慣れた写真のレプリカを追いかける目を捨てなくてはいけません。被写体が発信するメッセージを素直に受け止められるよう、初心に戻らないといけないでしょう。着想や着眼点とは、このような初心の心から生まれるものだと考えられます。突然やってくる「感動」のために心の扉を開けておくとは、このことではないかと思っています。

押しかけカメラマン氏のみずみずしい感性にはいつも刺激をもらいます。これからもいい作品を撮ってほしいですね。  

最後に、写真家の大西みつぐさんの言葉を紹介して今回の講義を終えましょう。

「人生ガツガツと何かを求めているときに願いは叶えられず、ふとした瞬間にチャンスは訪れる。目的だけを重視せず、そのプロセスを楽しむ遊び心が、小さくて美しい花を見つけることになる。楽園の入り口を見つけ出すのは、きっとそんなときだろう」

●古屋光雄先生(大先生)のプロフィール:
写真家。1934年生まれ、山梨県出身。大学卒業後、会社勤務を経てフリーランス・フォトグラファーとなる。1976年、東京六本木に株式会社光スタジオを設立、コマーシャルフォト、エディトリアルフォトを中心に雑誌、企業の出版物、自治体の刊行物などで幅広く活動
●使用機材 :
生徒:CANON EOS 40D + EF-S17-55mm F2.8 IS USM + EF-S55-250mm F3.5-5.6 IS USM
大先生:CANON EOS 5D + EF24-70mm F2.8L USM,CANON POWER SHOT A640,Konica Digital KD-500Z
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