| 写真を撮るという行為は、ねらった対象に「ちょっといいじゃないか」と心を揺さぶられるからだろう。「ちょっといいじゃないか」とは、それを美しいと感じたり、めずらしいと感じたり、懐かしかったり、おどろいたりするからだ。その体験を誰かに伝えたいと思う。それが写真を撮る原動力になる。 ほんとうは「とてもいい」とか「感動した」というところまで行き着いた体験や見るという行為が望ましいのだが、残念ながらボクの写真はまだそこまで達していないと思う。その理由は、自分と被写体との一体感がまだ得られていないと感じているからだ。本当に感動しているわけでもないのに、どこかで見た写真だとか、こんな写真でいいんじゃないかとか、適当に妥協して、撮っているからだ。 写真の出来ばえはさておき、それでも何かを伝えたいから写真を撮るわけで、伝えるためにはどう表現するか、それは構図なのか、光か、タイミングなのか、それを明確にして、その情報を盛り込まなくちゃいけない。それがないから写真があいまいになってくるのだ。 3ヵ月ばかり夢中で写真を撮ってきて、このごろ、「ボクが撮った写真は、いったい何を見て、何を誰に見せようとしているのか」を考えるようになった。 何を「見て」、何を「見せるか」、と詰めていけば、撮る写真も変わるにちがいない。 写真を撮って何を伝えるか、そのためにどう表現するか、それは構図なのか、光か? そうやって自分へ問いかけてみるが、どうもそれ以前に、問題がありそうだ。 「『見える』から『見る』へと進化してください」 ようやく快方に向かった古屋大先生がこんなヒントをくださった。この辺がキーポイントになりそうだ。問題の所在は分かった。だが答が簡単に出せるわけでもないので、問題解決はゆっくりすることにする。それがボンビバン世代の特権だ。 今回のテーマは自動露出(AE)、これをを使いこなす方法を伝授してもらおうという魂胆。だが、じつをいうと、前回あたりから講座に対して我が身が消化不良になっている。 ピントをきびしく詰めていくと情報量が増えることが分かった。露出を正確に設定できるとやはり情報量が増えるのも分かった。被写界深度なんていう課題は、情報の取捨選択、強調と省略と考えると分かりやすい。だが、考えることが多すぎる。ここ2、3回は写真撮影に迷っているような気がする。 毎回忙しく写真塾のテーマを設定してきたが、頭では分かっても知識と技術が連動しないため、ろくな写真しか撮れない気がしている。まあ、達人のワザはそう簡単に身につくわけがないか。それでも、がんばってみようと身を奮い立たせる。 |
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「先生、今日のテーマは何でしょうか」 |
![]() f5.6 1/40秒 |
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| f3.5 1/40秒 | f3.5 1/20秒 | |
| 子供から老人まで、散歩する人がとにかく多い。歩道もよく整備されている。開放に近い条件化では被写界深度を考えるべき絵だが、取っているときはピント合わせに夢中で、そこまで気が回らなかった | ||
| 共に遊歩道に人物を配した作品ですが、構図、ピント、それに露出と、バランスの取れた仕上がりです。親子の写真は、タテ画にしたことで川と遊歩道の高低差、それに木々の高さが広がりをもって表現できています。ヨコ画の写真は、ローアングルの面白さとピントを手前のウッドデッキにしたことで、主題が遊歩道だということが明確になっています。 |
![]() f5.6 1/50秒 |
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f5.6 1/60秒
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f4 1/30秒
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![]() f4 1/40秒 |
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| f3.5 1/400秒 | f3.5 1/400秒 | |
| 柔らかな光が降りそそぐ渓流沿いの歩道を、歩く人を配置して撮った。評価測光は刻々と露出が変わるが、部分測光はその点ねらいどおりの露出を示す。しかし、絞り優先f3.5で開放、1/400秒とはなんということだ。せめてf8くらいまで絞れば深度が稼げただろうに | ||
| この2枚は、最初は人物の露出で考えて、右がよいと判断したのですが、構図的には左が優れていると思います。少しだけ露出が控えられると、人物のディテールがもう少し出てきますが、こういう瞬間は二度と撮れるとは限りません。そういう意味では、よいタイミングで撮れたというべきでしょう。 |
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f4 1/100秒
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f4 1/8秒
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