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写真で綴る自分史 もういちどカメラ 藤森元之

押しかけ写真塾  
藤森元之
中級編 写真はむずか第1回―適正な露出を選択する意味―
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  写真塾は今回から中級編に入る。講座の回を重ねるたびに、これまで撮った写真はいい加減な写真だという感じが強くなった。たまたまほめられた写真もあるが、それは偶然の産物で、それをもう1回再現してみろといわれれば降参するしかないのだから。これまでは、そんなことは考えたこともなかった。
「そう考えること自体が進歩の証です」
心優しい古屋先生なら、そういってくれるに違いないが、やっぱりもっと上達したという実感がほしい。
初級編では、撮影の対象を決め、何を撮るかに絞って教えてもらった。初級全6回の撮影講座を体験し、身にしみて感じたことは、ピントが気持ちよくピシッと合わないことと、適正な露出値がどれなのかわからないことだった。
技術的なことで点検していくと、出来上がりを見て、ピントの甘さにはがっかりさせられる。AF(オートフォーカス)の精度は上がったとはいえ、精密に写真を撮ろうとすると、全体としてはピントが合っているが、ここにピントがほしい、というときに、なかなかきちんと合焦してくれない。かといって、9点測距を使いこなすところまでカメラ操作に習熟していない。AE(オートエクスポージャー)は、一般的な機能になって意識することもなくなったが、使いこなすとなると基本を知らないので、お手上げだ。
以前なら簡単撮影で満足していたのに、なぜ不満が残るようになったのだろうか。自分の写真を見る目がきびしくなったというか、細部に目配りするようになったのだろうか。
オート機能を使いこなす
   カメラの自動化が進化してピントも露出も勝手にやってくれるが、それが撮りたい写真のイメージにふさわしいかというと、どうもそうなっていないようだ。
 たとえば、風景写真は空や太陽に影響されてオーバー目になるので、適正からややアンダーに振ったほうが締まった写真になると経験的に知っていたし、スナップなら顔が命だから2分の1〜1段オーバーにすると明るい表情になると、古屋先生に教わった。
 古屋先生のノウハウをさらに公開すると、先生が使用するパワーショットは、AF設定を中央でなく、やや右にセットしてある。撮りたいものを中央において撮ることはまずないからだという。
 どんな写真を撮りたいか、そのとき露出をどうするか。じつはいまのデジタルカメラは多機能であるとともに、撮影の意図をインプットすれば、幅広く柔軟に対応してくれる。だが、使いこなしにはそれなりの技術と知識が必要になるのだということも初級講座を経てわかってきた。
 写真はほどほどの写真なら簡単に撮れるようになった。だが、もっといい写真を撮ろうとすると、これはむずかしい。それだからこそ、さらに高みにチャレンジする意欲も湧いてくるというものだ。
  観光写真と表現する写真の違い
コメント
鳩の巣の水神の滝で、参考になる写真をシャッター優先で2枚撮った。左は、オートでただ撮りましたという写真。右の写真は1/160秒。暗い川沿いにときおり陽がさし、岩肌を明るくする。それを撮りたかったのだが、成功していないようだ。なにげなく撮った写真でも、結果を見れば大きな差があることに気づく
講評
何を撮ろうとしたか、聞かなくてもわかる写真がいい写真です。わかりやすくいえば、証拠写真と表現する写真の違いです。結果として出来は悪くても狙いを持って被写体に取り組む姿勢は立派ですね。ここで注目したいのはシャッター速度。流れの描写として美しいかどうかは別として、シャッター速度の変化で滝がどうなるのか、バリエーションを2〜3例を並べて比較できたら良かったですね。

   カメラの基本は昔から正確なピントと適正な露出に尽きるが、AFとAEなどカメラの自動化によってそれは達成された(と思っていた)。
 基本的な作業から解放されるので、あとは何を撮るか、どう撮るか、シャッターチャンスはどうか、といった作画に集中しなさいとカメラメーカーは宣伝する。それはけっして間違いではない。知識と技術があればそうだが、知識も技術もないときはどうか。撮影術は確実に低下するだろう。
 そこで、中級編は露出の意味、適正値とはなにか、ピントを合わせる意味、それによって写真はどう変わるか、こういったところを集中的に教えてもらうことにする。
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