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| レフィーノ&アネーロの試聴スペースに置かれた「MINIMA Vintage」 |
ソナス・ファベールの成功は、20世紀後半のオーディオ界の、もはや伝説といってもいいかもしれない。北イタリアのヴィツェンツァでフランコ・セルブリンが同社を創業したのは、1980年のことで、最初の本格的作品「エレクタ・アマトール(Electa Amator)」が衝撃的なデビューを飾ったのは、1988年のことであった。あれから、まだ20年。しかし数十年の社歴を超える老舗に伍して、いやどこよりも際立った疾走ぶりで、ソナス・ファベールは近年の本格ハイファイ・スピーカーシステムを牽引してきたのである。
フランコ・セルブリンは、元々歯科医であったが、音楽が好きで、物を作ることに興味があったから「オーディオ業」を始めたという。 創業当時はまだ歯科医としても現役であった。物づくりが好きなのは、鉄道用車両製造の木工部門を担当していた父親の血を引いているのかもしれないと、本人はいっている。
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| ソナス・ファベールの創業者、フランコ・セルブリン |
大学は医学部だからオーディオ技術については独学ということになるが、デンマークの著名な技術者、エイヴィング・スカーニング氏などを度々訪ね、教えを請うたという。 そして、自分のためだけに作った初めてのスピーカー「スネイル(SNAIL)」が生まれた。このネーミングはカタツムリのような形をしていたためでもあるが、完成するのに200時間もかかり、まるでカタツムリのように遅い、という自戒の意味も込められていたらしい。
ところが、この営業製品ではない「スネイル」の試聴会を仲間のオーディオショップでやったところ、ぜひ欲しいという熱心なお客さんがいて、結局10台作り、自分の手元には1台も残せなかったのだという。
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| ソナス・ファベール最初の作品「エレクタ・アマトール」 |
名器「エレクタ・アマトール」は、それからほどなく生まれたのである。その斬新な寄木造りのキャビネットは、じつに手の込んだもので、木工職人の父の血と、自身の手先の器用さによるものかもしれない。しかし形式は、2スピーカー2ウェイのバスレフ式、小型ブックシェルというオーソドックスなものだった。
CDが本格的普及を見せ始めていたこの時期は、デジタルの解像度の高さ、ダイナミックレンジの拡大、周波数特性の伸張などに対応して、大型スピーカーが注目を集めていたので、第一印象は「おお、きれいな仕上げのスピーカーだな」という程度のものだった。ところが、その再生音の豊かさ、深さ、美しさを聴くに及んで、軽い第一印象はただちに“衝撃”へと変貌を迫られたのであった。
さて、ソナス・ファベールのその後の感嘆すべき成功物語は、今回の主題ではない。今回は「エレクタ・アマトール」につづいてほどなく発売された、第2作「ミニマ」の復刻モデル「MINIMA Vintage」が主役である。
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| 続いて発売されたジュニア版「ミニマ」。今回の主役「MINIMA Vintage」のオリジナル |
「エレクタ・アマトール」、そしてそのジュニア機「ミニマ」、大型化モデル「エクストリーマ(EXTREMA)」と比較的短時日のうちに3モデルが発売されたのは、あらかじめこの3つがひとつながりの製品としてフランコ・セルブリンの構想にあったからではないかと思われる。
フランコ・セルブリンの構想とは「小型2ウェイ・ブックシェルフという伝統的な枠の中で、どこまで自分の理想とする音を出せるか」への挑戦の具体的作品化であった。それには当然、オーディオ製品にとって重要な要素である「サイズ」と「コスト」の制約があるから、1モデルでは完璧に実現することはできない。そこであらかじめ「サイズとコスト」の違う3モデルを想定しておいた。そういうことだったのではないだろうか。
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| 3作目は大型の「エクストリーマ」だった。これはもはや、ブックシェルフという概念を超えていた |
いかにも職人らしいもの静かな外貌にも関わらず、自分の理想とする音こそ多くの音楽ファンに歓迎されるはずだ、という熱くて強いフランコ・セルブリンの信念と自信があればこその構想であった。しかも、彼は特殊なハイテク素材を使用することなく、またキャビネットも直方体の箱という伝統的な枠の中に、胸の内に温めてきた再生の技術をつぎ込んだのである。 それはもちろん、情熱だけでできることではない。音楽への深い理解と、それを再生するオーディオ技術の練磨、そしてそれを形に仕上げていく感性と才能があったからこそ、花開いたのである。





