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| 中央部の女体を思わせるクビレが、金属の物体に柔らかさを与えている |
「ミュオン」から、真っ先に思い浮かぶのは素粒子「μ(ミュー)」である。詳細は文科系の人間にはわかりにくいが、日本を代表する物理学者でノーベル賞受賞者の湯川秀樹博士が、その存在を予言した中間子を「π(パイ)」と呼ぶ。同時期の物理学者、坂田昌一はそれに「μ」という粒子の存在を追加したのだそうだ。この坂田理論は初め2中間子論と呼ばれたのだが、後の研究によって「μ」は中間子と呼ばず「μ粒子」または「ミューオン」と呼ぶことになったなった。
「MUON」は当然この素粒子「ミューオン」から名づけられたのだが、KEFの説明はおおよそ、こんなふうである。
……スピーカーは電気エネルギーを音響エネルギーに変換して、音を生み出す。しかしそのエネルギー変換の実態は誰も目にすることはできない。それは、素粒子は確かに存在するがその運動の実際を見ることができないのと同じだ……
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| 全身ピカピカの6ミリ厚のキャビネットは、周囲の物体の映り込みによってさまざまな顔をみせる。これはKEFのカタログにある、黒いものが映りこんだ例 |
その真意は、物質の根源である原子の運動、しかも素粒子領域の極小の世界は、実際は目に見えないが確かに存在し、しかも実に精妙だ。スピーカーが電気エネルギーを音のエネルギーに変換するのも、それと同じくらい精妙な運動なのだが、誰も目にすることはできない、ということになるだろう。そしてそういう精妙な、目に見えない運動の結果として、「MUON」は美しい音楽を奏でる、といいたいに違いない。
次に「MUON」の「MU」には「ムー大陸」の意が込められている、とKEFはいう。今からおよそ1万2千年前に太平洋の底に沈んだとされる、伝説の大陸「ムー」だ。J.スチュワートという人が1931年に刊行した『失われたムー大陸』によれば、それはイースター島からカロリン諸島、ハワイ諸島、トンガ諸島にわたる広大な大陸で、そこには約5万年前から、およそ6,400万人が住む「ムー帝国」が存在し、人類史上最初の文明を築いた、という非常にロマンティックな伝説である。
「MUON」の「MU」が、なぜ「ムー大陸」の連想につながるか、というと、
……「MUON」の造形、それはあたかも古代文明社会の大地に屹立する、神秘的な巨石像のような、トーテミック(totemic)な印象を醸し出している……
からだ、というのである。イースター島のモアイ像のように、ただひたすら虚空を見つめ、物いわぬ巨石像、そんな神秘性がこの6ミリ厚のアルミキャビネットには込められているのだ。それはきっと、単に造形の印象にとどまらず、一見単なる箱に過ぎないスピーカーという物体から、本物のように感じられる音楽が再生されることの、「不思議さ」「畏敬の念」をも象徴している、のかもしれない。
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| アルミの曲面をもつ一体成形加工は非常にむずかしい。これはその途中工程 |
そして最後の説明は、日本に関係が深いので驚かされるのだが、「MUON」の「MU」には禅の「無」が秘められているというのだ。「無」は英語に訳してしまうと、「none」とか「without」という言葉になってしまい、通常は“疑問に対して答えようがない”というように否定的な意味になってしまうのだが、KEFはこういいたかったようだ。
……じっと耳を傾ければ、まるで別世界のような音の世界、「MUON」の美学に結実する、深い感動が得られるだろう。それは、禅の「無」に通じる不思議としかいいようのない「MUON」の再現力なのだ……
ここで、KEFははっきりと「aesthetics=美学」という言葉を使っている。この記念碑的スピーカーについて紹介するには、どうしても美学的なアプローチが必要なようだ。開発メーカー自身が、そのような物づくりの姿勢に立っているのだから。
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| もちろんユニットから放射される音波の解析はコンピューターを駆使して綿密に行なわれた。造形美は目的ではなく結果である。いい音のための理論的追求が優先されているのもKEFの伝統だ |
そこで思い浮かぶのが、今や、日本屈指の文学者、詩人というよりも、人気作家吉本ばななの父として知られる吉本隆明氏の畢生の大作『言語にとって美とはなにか』である。この巨大な記念碑的スピーカーは、
「スピーカーによるオーディオ再生にとって、美とはなにか」という根源的テーマへの、KEFの答えなのではないだろうか。そこには逆説的な「無音=MUON」すら感じられる。
「MUON」は大きさや金額を超えて、オーディオとは何かを考えさせてくれる。KEFにとってだけではなく、広く音楽ファン、オーディオファンにとって、真に記念碑的な作品といほかはない。



