長年オーディオを趣味にしていると、時々“度肝を抜かれる”ような思いをさせられることがある。デジタル主流になってからでいえば、たとえば、エソテリックの初代セパレートCDプレーヤー、ワディアの複雑なCDシステム、インフィニティの巨大スピーカーシステム、アポジーの巨大なリボン型スピーカーシステム、ゴールドムントの超重量級パワーアンプ……。そして、今回ここに紹介するイギリス、KEF(ケフ)のスピーカーシステム「MUON(ミュオン)」である。
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| 試聴スペースにセットされた「MUON」。その巨大さと不思議な造形が気になる |
高さはちょうど2メートル。その巨大な磨き上げられたように光り輝く金属の造形物は、もしドライブユニットに気づかなければ、モダンアートの最新作品かと見間違えても不思議ではない。しかも、よく見ると胴体中央部に施されたわずかなクビレとヒネリが、女体を思わせる柔らかさを醸しだし、周囲に神秘的な気配さえ漂わせている。
いや、これは間違いなく“スピーカーシステム”なのだが、このような姿には、今までお目にかかった記憶がない。この不思議な物体は、いったいなぜ、そしてなんのために、生まれたのであろうか。
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| KEFの創業者レイモンド・クックとその最初期の作品 |
ちょっとばかりKEFの歴史を振り返ってみよう。KEFといえばすぐに、その創業者レイモンド・クック(Raymond Cooke 1925-1996)の名を思い出す。彼はイギリスBBC(英国放送協会 = The British Broadcasting Corporation)の電気技術者で、音と素材両面の技術に通じ、特に音の変換技術(スピーカー設計のこと)に優れていることで広く知られる、天才的オーディオエンジニアであった。
レイモンド・クックが、1961年、BBCを退職して、ロンドン南東のケント州に設立したのがKEFの始まりである。社名は最初の工場を置いた、ケント州の州都、メイドストーンにあるケント・エンジニアリング&ファウンドリー(Kent Engineering & Foundry)という、金属・鋳物工業の会社の頭文字に由来する。かまぼこ型兵舎のような建物の中でささやかにスタートした、ガレージメーカーだったのである。
しかし、さすがレイモンド・クックの生み出すスピーカーは、第1号機「K1」から、その高い再現性とユニークな発想で話題を呼んだ。オーディオ好きの青年が試行錯誤して作り上げたものとはわけが違う。設計者が、振動板素材から電気回路まで詳しいのだから当然だが、音がいいという観念的評価の前に、多くの人を納得させる音響理論と電気・工業技術がものをいっていたのである。
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| 最近のKEF作品、リファレンスシリーズの「MODEL 205」。ペアで1,392,300円(税込)。本欄では2006年4月12日掲載で紹介した |
従来の紙系振動板の弱点を補強するためのプラスティック振動板、あるいは楕円コーン型ウーファー、などという創意工夫を凝らしたパーツの開発から、キャビネットの工夫まで、彼の豊かな知識、経験、感性が多くの製品に反映されて、KEFのスピーカーは知名度を高めていく。
KEFのスピーカーは1970年代前半から日本にも積極的に紹介されてきた。1980年代後半から90年にかけて発売された「Model 107」を記憶している方も多いことだろう。これは低音用キャビネットの内部に下向きに2個のウーファーを取りつけ、その上部に2つの小型別ボックスを置いて、その中に中高音部ユニットを収納するという、独特のスタイルが特徴の製品であった。中高音部ユニットの取り付け方式は、B&Wのマトリックスシリーズにも共通する方式だったのが印象に残っている。
KEFのスピーカーは、豊かな音場感と、一つ一つの音像の明確さが特徴であった。この再現性の特徴はCD普及の歩調と合わせて、時代の再現性の理想を追求した結果といっていいだろう。そして、天才的創業者にして最大の設計者であるレイモンド・クックを失った後も、KEFは彼のアイディアを踏襲した製品を世に送り出し続けている。



