ブレゲ、オーデマ・ピゲ、ブライトリング、パテック・フィリップ、ピアジェ、ブルガリ、ボーム&メルシェ、タグホイヤー……、と並べれば胸が高鳴る男は数知れず!! 正確な時刻を知るだけなら、今や高級アナログ時計など必要ない。しかし、一人の職人が精魂傾けて作り上げたアナログ時計のメカニズムと文字盤がもたらす感動は、時計好きにしかわからない、日常生活とは異次元の世界である。
たかが腕時計、されど腕時計。処分すれば財産になる宝石がついているわけでもない、つぶせば指輪になるほど金が使われているわけでもない。しかし、その精巧なメカニズムが、頬擦りしたくなるような美しい文字盤の上の、精緻な針の精妙な運動となって時を刻む。それを、わが手にしたい、とあこがれるのである。しかし、その何と高価なことよ!! 時計に感度のない人間には、理解をはるかに超えるその価格。しかし、しかし、である。本当の時計好き人間なら、価格なんぞ意味がないと思ってしまうのだから悩ましい。まさに“あこがれを知る人ならで わが悩みいかで知るべき”。ミニヨンの心境である。
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| ウィルソンオーディオの「MAXX2(スタンダード)」と組み合わされた、KRELLの「Evolution」 |
オーディオも、ある意味ではアナログ高級時計の世界に似ている。単に音楽を聴くだけなら、ラジオ、テレビから携帯デジタルプレーヤー、ラジカセ、ミニコンと、安価で使い勝手のいい道具はいくらでもある。単品コンポを組み合わせる場合だって、今なら数万円から始められる。10万円ほどでかなりのグレードの音質が手に入ってしまうのだ。
しかしこれらは、誤解を恐れずにいってしまえば、いわゆる“実用的”オーディオである。演奏された瞬間から空間に消えていく音楽を何とか記録して、何度も再生して聴きたい、その万人の夢を叶えるものとして生まれたオーディオ。それはエジソンの“蝋管蓄音機”から、今日のSACD、DVDの超高性能デジタルオーディオまで、短期間の間に目覚しい進歩を遂げた。そして、今や音楽を聴く道具としてのオーディオは日常生活の中に、実用品として何の違和感もなく完全に溶け込んでいるのである。
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| 別ボックスの電源部と組み合わせたプリアンプ「Evolution 202」 |
しかし実は、オーディオには“悪魔的要素”が潜んでいる、のである。メフィストの巧みな誘惑にのせられたらもうオシマイ(!?)だ。
「“いい音”には究極がない、しかしその究極を求め続けるのが“オーディオ”なのだ。そして求め続けること自体にすでに至福が宿る」
と、悪魔は甘くささやく。そしてさらに、
「“いい音”を求めるのに、金銭、時間、空間の制約は一切意味がないのだぞ」
と、太い釘を胸に突きたてる。
聴く人ばかりにではない、悪魔は作り手にも容赦なく誘惑の言葉を浴びせ続ける。
「コストに何の意味がある。売上台数は考えるな。利益などという下品な言葉は直ちに脳から追放せよ。ただひたすら、己の信ずるところにしたがって、“いい音”を追求せよ。その苦労の果てには、必ずや、使命を達したものだけに与えられる、美酒佳肴満載の桃源郷が待っているであろう」
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| モノーラルパワーアンプ「Evolution 600」 |
さて、KRELL(クレル)である。アンプが「Evolution 202」+「Evolution 600」の組み合わせ。そしてプレーヤーが「Evolution
505」。総額、9,660,000円である。そう、こんな足し算をするのは“下品”この上ない。高級車が3台買える、なんて愚考を巡らせては決して至福の時は来ない。悪魔に完全に心を売ってしまった人物の一人、クレルの総帥、Dan
D'Agostino(ダン・ダゴスティーノ)は、こんなことをいっている(案内人の意訳です)。
「クレルのすべての製品は、科学と芸術が渾然一体となった特別な存在です。録音作品というものは、その本来の性格からして、情熱(情念)の産物です。したがって、私の最終目標は、録音作品にこめられた情熱(情念)を、みなさんの部屋で再生することなのです。
(Every Krell component is a unique synthesis of science and art. Recorded
performances are, by their very nature, works born of passion. My goal is
to bring that passion to life in your home.)」
こんなことをホームページのトップに掲げる人ですからね、ダン・ダゴスティーノ氏は。もう最初から、コスト対価格なんてことは頭にありません。さすれば私たちも、ただちに雑念を払ってクレルの製品を見つめましょう。そして、お店で聴かせてもらいましょう。
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| CD/SACDプレーヤー「Evolution 505」 |
クレルの初期のアンプは、大きくて重くて、ヒートシンクが鋭い切り口を見せて近寄りがたい“高額な黒い箱”であったが、ここに紹介する「Evolution」は、アンプもプレーヤーも実に美しい。オーディオ機器はどうしても四角い箱になりがちなのだが、その制約の中でも、なるほどこれは美しい、と思わせる高級感にあふれる外観だ。しかも、色はシルバーで重厚な中にも心地よい軽やかさを感じさせる。シリーズ名“Evolution(進化、発展)”は、音だけではなく外観デザインにも及んでいるようだ。
このような製品について、その性能や表現力について、あいまいな言葉を連ねて紹介することはあまり意味がない。内外の多くのオーディオ誌は、10万円の製品と同じような言葉で記事を構成しているが、解像度が高いとか、S/N比が高い、周波数特性が優れているなどといっても、それは一体「Evolution」の何を語っているのか。ほとんど、「電力で動作、信号を忠実に増幅するオーディオ用の機械」というほどの意味しかないのである。
なぜなら、悪魔に魂を売ってしまった男、ダン・ダゴスティーノは、そんなスペック数値レベルをはるかに超えたところで仕事をしているからである。
ただ「いつの日か、このような製品と一緒に暮らしたい」と、あこがれに身を焦がしているのが、礼儀というものかもしれない。
「あこがれを知る人ならで わが悩みいかで知るべき」




