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第六十七話

8月7日更新
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風まかせサバニ旅・1 無人島に、なにを持っていく?

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無人島での豪勢な晩餐

サバニはヨット同じように、風上へも切り上がるように進むことができる。風をはらんだ帆が生む揚力と、船体と海とのあいだに生まれる抵抗力。そのふたつの力が合わさって推進力となる。風と帆と舵の角度をうまく保つことで、ヨットであれば、風位に対して最大45度の角度まで上がることができる。
ここでその原理をくわしく説明したいところだが、とてもここには書ききれない。なので、今日のところは、一を聞いて十を知ってもらいたい。そもそも、僕は一しか知らないのだから……。
いずれにせよ、サバニもまた、45度とまではいえないが、ある程度までなら向かい風に対して切り上がっていくのだ。もちろん、ちゃんとしたスキッパーがいれば、の話だ。

われらがサバニの手綱を握るスキッパーは、森洋治。
一を語らないけれど十を知っている男なので、黙ってまかせておけばだいじょうぶだ。
僕ごときが、「風が悪いからあっちへ行こう」などといわないほうがいいのである。
スキッパー森は、青森県の潜水士の親のもとに生まれ育ち、みずからも高校を出てすぐに潜水士となる。そして約10年、ハードな港湾工事に携わり日本各地の港の水面下を転々とする。
その後は、南の島々へ旅に出たり、沖縄でスポーツ・ダイビングのインストラクターとしてすごす。そんな日々を、数年間つづけるが、16年前のある日「えいっ!」とばかりに、『海想』(※1)という会社を作り、沖縄永住を決めたのだった。
どこから見てもすっかりうちなー(沖縄の人)だが、そのしゃべり言葉に、ときどき東北の素朴な温もりが出る。うそのない人だ。
というわけで、僕たちはなんの不安もなく、スキッパー森の見事なナビゲーションのもと、午後2時、航海時間7時間半ほどで儀志布島へと上陸したのだった。

サバニに必要最小限の生活道具を積み込み、島から島へと風まかせの旅へ出る。そんな一生を過ごせないものか
海と青空と入道雲の毎日だ。それだけでじゅうぶんではないか 青森生まれだが、すっかりうちなーのスキッパー森洋治。海の香りが漂うグッズを作る『海想』のボスである
海と青空と入道雲の毎日だ。それだけでじゅうぶんではないか

さっそく、それぞれがハンモックを吊り、泳いだり、獲物を捕りに潜ったり、ビールを飲んだり、とばらばらですごす。
と、クルーのひとり満名匠吾(まんなしょうご)が、クーラーバッグの奥からでかい肉の塊を取りだしてきた。塩豚だ。
今夜はこれを食いましょう、などとうれしいことをいうではないか。
年のころは三十なかば、大きな体に優しそうな瞳、南方のどこかの島からやってきたような野性的な風貌、そして、どうひいき目に聞いてもうちなーの言葉。いうまでもなく、生粋のうちなーである。
そんな男が手際よく、焚き火で肉の塊の表面をあぶり、薄く切り、それを焼いた石の上に広げ、じわじわうっすらと焼いていくのである。
焼き加減も味つけも絶妙である。濃すぎず、薄すすぎず。
豚肉の甘い汁が口のなかに広がっていく。声も出せない。飲みこむのがもったいないほどの、口のなかである。
「うまい! こんなにうまい豚肉を食ったのは初めてだわ。満名さん、なんか料理屋でもやればいいのに」
と、なんのことはない、名護市でやんばる島豚の炭火焼きの専門店『満味』(※2)を経営している、というではないか。恐れいりました。
「ほかにもまだありますよ」と、もうひとつの肉の塊をちらりと見せる。
「こっちはパンチェッタです。これは日持ちがするので、明日食べましょう」などという。にくい男なのである。
無人島になにかひとつ持っていくもの、と聞かれたら、すかさずマンミー満名と叫んでしまいそうである。
いやあ、サバニ旅はすばらしい。
大きなおなかを抱えて寝転がると、儀志布島は満天の星に包まれているのだった。

沖縄本島の名護市で島豚の炭火焼きの専門店『満味』を営む、マンミー満名匠吾。名護へ行ったときは、なにをおいても寄りたいお店である
この豚肉を熱した石で焼くのである。思い出すだけで、白いご飯が3ばい食える
夕日ではなく、朝日である。日の出前に起き、日が昇ると同時に出航、というサバニ旅の日々なのである
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