そもそもモクズガニは、褐色の甲羅で見た目はまったくおいしそうには見えない。さらには、前足(はさみのある足)には、黒い藻のような毛がびっしり生えている。
こういっちゃなんだが、なんとも下品な容姿なのだ(「おまえに下品呼ばわりされたくないぜ!」とモクズガニは怒るだろうけど……)。
この黒い毛がくせ者で、この毛を藻だと思って集まってくる小魚を捕まえ食べる、といわれている。せこい手を使って日々の糧を得ているのだ。
もっとも、これは人間がその容姿から想像した説らしく、どうやら実際は違うらしい。
そしてそのモクズガニ、という名前。「取るに足らないもの」という意味がある『藻屑』、と呼ばれているのだ。そんなふうに呼ばれたら、ふつうの少年ならグレてしまうところだ。
それでも立派に成長して、大きいのになると、甲幅10センチを超えるものもいる。
ここまで大きくなると、こわおもてのお兄さんという感じで、近よりがたいのだ。
藻屑と呼ばれ、下品扱いされ、せこいといわれ、果ては、こわおもてのお兄さんと恐れられているのだ。
上海ガニを、下品と評する人はいないのに……。
日本のモクズガニは、悲しいほどに差別を受けて生きているのである。
このカニは、海で生まれ川をさかのぼり、という淡水と海水の両方で生きる。
春になると川をさかのぼりはじめ、秋になると産卵のために海へと下っていく。
かように、海とを行き来する生き物なので、川にダムができると、あたりまえのことながらその上流では生息できない。ダムだらけのこの国では、差別ばかりか、生活圏の迫害まで受けているのだ。
さらには、産卵前の秋には身がびっしりと詰まっており、うまいのである。モクズガニは、秋が“旬”なのだ。
住みにくい日本の川でけなげに生き、産卵のために喜び勇んで海へ降りていこうとするところを人間に捕まえられる。
差別に迫害、あげくは捕虜である。
モクズガニは、その人生に山盛りのブルースを抱えて生きつづけているのだ。 |