おとなのたまり場 > もういちどBE-PAL > 堀田貴之のおとなのずる休み
連載 おとなのずる休み
バックナンバー プロフィール
第五十四話 1月24日更新
1 2
島根県は江の川で、モクズガニ三昧 その濃厚な味に、めまいを覚える
<1>
冬といえばカニ、カニといえば冬、である。日本の夏といえば蚊取り線香だが、日本の冬はカニなのだ。日本の冬の風物詩として、カニは各地でもてはやされているのである(というほど、大げさなものではないが……)。
が、これは冬の話ではなく、秋の話である。あしからず。
そうなんだ、カニは冬のものだけではないのだ。
ブルースをいっぱい抱えたカニ

カニ好きの人とカニ談義をすると、あたりまえのことながら意見が分かれる。タラバがいちばん、ズワイがいい、ケガニに決まってるじゃないか、というふうに。
しかし、忘れてもらっちゃ困るのが、川のカニだ。今回の主役、モクズガニである。
このカニが、その見かけ同様、濃い味なのだ。
地方によっては、ツガニ、ケガニ、モクゾウガニ、はたまたヤマタロウなどと呼ばれている。
美味とほめられすぎの感もある、あの上海ガニの同属異種だ。上海ガニは、チュウゴクモクズガニという呼び名もある。ようするに、仲間なのだ。
上海ガニを、もし中国産モクズガニと呼べば、なんだかやばい食いもんじゃないか、という気がしてしまう。人気急下降間違いなしだ。ありがたそうに食べる人は、いなくなるだろう。
ま、今日のところはそれは関係のない話だけど……。

捕獲されたことに泡を出して抗議するモクズガニである。が、欲の突っぱった人間は、聞く耳を持たないのである
これがブルースをいっぱい抱えたモクズガニ。捕獲作戦大成功! といいたいところが……
これがブルースをいっぱい抱えたモクズガニ。捕獲作戦大成功! といいたいところが……
茹でるとまっ赤に。おいしそうな色となる。この写真だけでよだれが……
 

そもそもモクズガニは、褐色の甲羅で見た目はまったくおいしそうには見えない。さらには、前足(はさみのある足)には、黒い藻のような毛がびっしり生えている。
こういっちゃなんだが、なんとも下品な容姿なのだ(「おまえに下品呼ばわりされたくないぜ!」とモクズガニは怒るだろうけど……)。
この黒い毛がくせ者で、この毛を藻だと思って集まってくる小魚を捕まえ食べる、といわれている。せこい手を使って日々の糧を得ているのだ。
もっとも、これは人間がその容姿から想像した説らしく、どうやら実際は違うらしい。
そしてそのモクズガニ、という名前。「取るに足らないもの」という意味がある『藻屑』、と呼ばれているのだ。そんなふうに呼ばれたら、ふつうの少年ならグレてしまうところだ。
それでも立派に成長して、大きいのになると、甲幅10センチを超えるものもいる。
ここまで大きくなると、こわおもてのお兄さんという感じで、近よりがたいのだ。
藻屑と呼ばれ、下品扱いされ、せこいといわれ、果ては、こわおもてのお兄さんと恐れられているのだ。
上海ガニを、下品と評する人はいないのに……。
日本のモクズガニは、悲しいほどに差別を受けて生きているのである。

このカニは、海で生まれ川をさかのぼり、という淡水と海水の両方で生きる。
春になると川をさかのぼりはじめ、秋になると産卵のために海へと下っていく。
かように、海とを行き来する生き物なので、川にダムができると、あたりまえのことながらその上流では生息できない。ダムだらけのこの国では、差別ばかりか、生活圏の迫害まで受けているのだ。
さらには、産卵前の秋には身がびっしりと詰まっており、うまいのである。モクズガニは、秋が“旬”なのだ。
住みにくい日本の川でけなげに生き、産卵のために喜び勇んで海へ降りていこうとするところを人間に捕まえられる。
差別に迫害、あげくは捕虜である。
モクズガニは、その人生に山盛りのブルースを抱えて生きつづけているのだ。

 
こうして無口な宴会がはじまり、夜は深まっていく
宴のあとには残骸だけが残る。食った、食った!
次のページへ
ページトップへ

もういちどBE-PALトップへ